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No.490 シベリアと極東はちがうのですね! マーシャリング さん [2005/03/31(木)23:55:42]
はじめまして!シベリアと極東はちがうのですね!
ごっちゃにしていました。
シベリアといえば思い出すのが大滝英一の「さらばシベリア鉄道」
でしょうか!
シベリアって名前はどんな意味&由来があるのでしょうか?
No.491 シベリアと極東を隔てるもの ニジェガロージェッツ [2005/04/01(金)02:42:25]
マーシャリングさん、はじめまして。

: シベリアと極東はちがうのですね!

正におっしゃる通りです。ロシアではシベリアと極東は明確に区別されています。ですか
ら、ハバロフスクやウラジオストクがシベリアの街だと思っているロシア人はほとんどい
ません。(居たとすれば余程の地理おんちでしょう)
日本語で言うところの「シベリア」には、所謂アジア・ロシア全域と同義語のような扱い
になり、極論すればサハリンやカムチャツカ半島まで「シベリア」の一角に含める場合も
ありますが、この概念をロシア人が聞けば奇異に感じるかも知れません。

地理的には、ロシアで言うシベリア“Сибирь”[シビーリ]の範囲は、西をウラル山
脈、東を太平洋水域(オホーツク海、日本海を含みます)との分水嶺をなす諸山脈、北を
北極海、南を中央アジア、モンゴルとの境界までを指します。
行政的に現在の連邦管区制度では、極東にはアムール州以東の太平洋水域沿岸各州に加え
、地理的にはシベリアに属するサハ共和国を含め、また、地理的にはアムール河水系に属
するチタ州はシベリアへ、西では西シベリア低地に位置するチュメニ州やクルガン州はウ
ラル連邦管区に含まれています。

シベリアの名の由来ですが、現在のチュメニ州トボリスク周辺を中心としたシビル汗国と
いう国に由来します。この国は1580年代に「イェルマークの東征」と呼ばれるロシアの侵
攻に合い、1598年にロシアに併合されてしまいますが、ロシアの一地域名として、はるか
東まで含める「シベリア」として用いられるようになりました。

: シベリアといえば思い出すのが大滝英一の「さらばシベリア鉄道」
: でしょうか!

懐かしい歌ですね。私は大滝詠一ご本人よりも太田裕美が歌っているのが印象に残ってい
るのですが。1980年ごろの話で、当時は冷戦真っ只中で、「鉄のカーテン」の奥の秘密の
ベールに包まれたシベリアに何ともいえない旅情とロマンを感じました。
No.492 アジア・ロシア部の地理、都市人口データ編集完了! ニジェガロージェッツ [2005/04/07(木)23:57:59]
編集作業を進めております連邦構成主体別の都市・地区人口データシリーズですが、先程
ウラル連邦管区で最後に残ったチェリャビンスク州のページをUPしました。
これで既存の極東・シベリア連邦管区と併せて、アジア・ロシア部分のデータの編集がよ
うやく完了しました。

アジア部3連邦管区は領域的には全ロシアの過半を占めますが、これからがいよいよウラ
ル山脈を越えて「ロシア本土」の始まりで、都市・地区の数を考えると、次の沿ヴォルガ
連邦管区の終わり、ニジニ・ノヴゴロド州あたりでようやく全ロシアの半分と言ったとこ
ろでしょうか。
ロシア全国のデータ編集はまだまだ遠い話ですが、時間がかかっても出来る限り、この作
業は西へと進めていくつもりです。

とはいえ、ロシアの彼方の小さな町や、場所さえわからないような地区の人口を調べて何
か得することでもあるのかと自問しながらジレンマと闘いながらの作業ですので、そのう
ち嫌気がさすかも知れませんが・・・(笑)

実はこの作業で一番面倒くさいのが、各都市名や地区名の発音をいちいち発音アクセント
辞典で調べ上げてカタカナ化することですが、ましてやカナでは正確に発音を表記するな
ど元々が不可能で、これこそ何の意味があるのかと、当初の企画が悪かったような気分に
なります。

ところで、サハリン州はオリジナル地図をご用意しましたが、他の各州の地図は用意して
おりません。
とりあえず各地の行政区画の地区割りを地図で知りたい方には、ロシアのサイトですが、
http://openbudget.karelia.ru/budnord/russian/russia_map.htm
が分かりやすくておすすめです。
No.493 連邦構成体の統合が始まった? ニジェガロージェッツ [2005/04/19(火)01:07:19]
一昨日クラスノヤルスク地方とエヴェンキ、タイミール両自治管区において、両自治管区
をクラスノヤルスク地方に統合する賛否を問う投票が行われ、その結果、クラスノヤルス
ク地方で賛成92.43%(投票62.69%以上)、エヴェンキ自治管区で賛成79.8%(投票79.9
%)、タイミール自治管区で賛成69.95%(投票62.9%)と開票され、両自治管区はクラ
スノヤルスク地方に統合される運びとなりました。

このことは、日本でも「日本の約6・2倍、露・東シベリアに巨大自治体誕生へ」と題し
て、読売新聞などで伝えられており、ロシアのネットでも「2007年1月1日、ロシアの地図
に新しい連邦構成体が誕生」などと速報されています。

こういった辺境の連邦構成体の統合の話は、以前より言われていたそうですが、今回のク
ラスノヤルスクの結果から、今後については、例えばカムチャツカ州とコリャーク自治管
区においても非常に似たような状況であり、近いうちに統合へと向かうだろうとの分析が
ある一方で、自治体の大型化が有益である場合には前へ進むだろうが、住民自体がそれを
望まないならば、統合の必要はないとの談話もあります。

民族共和国の統合については、例えばロシアにはアルタイ地方とアルタイ共和国という2
つの連邦構成体があり、ここでも統合の試みがあったものの、アルタイ共和国にとっては
何も良いことは見受けられなかったとの例から、慎重に行うべきとの意見や、同様の自治
管区といえども、ヤマロ=ネネツ自治管区のような十分な規模を持つものは、チュメニ州
との統合の必要性はないとの意見もあります。

さて、ロシア版「平成の大合併」の行くへは???
No.494 アルタイ господин Сомпин Сомринович Пражний [2005/04/19(火)22:56:07]
ずいぶんご無沙汰しております.

: 民族共和国の統合については、例えばロシアにはアルタイ地方とアルタイ共和国という2
: つの連邦構成体があり、ここでも統合の試みがあったものの、

そのアルタイ共和国のちょうど南,中華人民共和国の新疆維吾爾自治区に阿勒泰地区(地
区行政公署所在地は阿勒泰市)があります.ピンインでは Aletai ですが,少数民族言語
表記では Altay.二つの国にまたがって同一民族が住んでいることがうかがえて面白いで
すね.
参考: http://www.xjalt.gov.cn/
No.495 Re: アルタイ ニジェガロージェッツ [2005/04/20(水)02:45:10]
No.494 Сомпин Сомринович Пражний さん

お教え頂いた新疆ウイグル自治区のアルタイ地区アルタイ市のウエブページを興味深く拝
見しました。有難うございます。
中国語は解らないのが残念ですが、なんとなく良い雰囲気の所ですね。

ところで更にもうひとつ、モンゴルにもゴビ=アルタイ県という行政区画があり、そこの
中心都市もアルタイという街のようです。

アルタイ山脈を挟んで、北西にロシアのアルタイ共和国、南に新疆ウイグル自治区のアル
タイ、東にモンゴルのアルタイといった位置関係でしょうか。

国境を越えた地域名と民族名ですが、今日のような国境線が画定する以前は、ひとつの大
きな地域としてまとまっていたのか興味深いところです。
参考: http://gate1.pmis.gov.mn/gobi-altai/emain.php
No.496 昨日はありがとう N村 さん [2005/04/20(水)11:09:39]
N村です。
ニジェガロージェッツさん、昨日はお世話になりました。
あなたのページをお気に入りに追加しました。
時々のぞきに来ます。
よろしく。 
No.497 Re: 昨日はありがとう ニジェガロージェッツ [2005/04/20(水)23:29:47]
N村さん、メッセージ有難うございます。
このようなマニアックなHPをお気に入りに追加して下さったようで、恐縮です。
また昨日は「ツングースカ事件」についての詳細なウエブサイトお教え頂き、感謝です。
早速、拙「エヴェンキ自治管区」のページにリンクを張らせて頂きました。

「ツングースカ事件」についての日本語サイトでは最良のものと言われるだけに、学術的
に高度な内容ですが、小生のような学の無い者にも大変面白く拝見できるように多くのメ
ニューがあり、興味をそそられます。

これからも宜しく、御願い申し上げます。
参考: http://www9.ocn.ne.jp/~tunguska/
No.498 趣旨違いの書込みで失礼します господин Ондрей Заков [2005/05/07(土)18:00:18]
三箇月の御無沙汰でした。震災から満十年、被災地の一つだった
尼崎では何とも酷い事故が起きたもので、現場が知人宅の近所と
いう事もあり、個人的にも色々な話を伺っていたのですが、先日
地元出身校同窓会のメール連絡網により、会員の方一名が犠牲に
なった事を知りました。かかる重大事件において同窓会員の方が
巻き込まれたのは、9.11以来の事で、御冥福を御祈り申し上げる
ばかりです。

さて、他掲示板の話題で恐縮ですが、当該板への書込みが制限を
受けている事情ゆえ、ここで言及させて頂きますに、久し振りに
落書帳を閲覧したところ、先月中旬の貴台書込みにおいて、我が
駄文(または過去の過ちないし旧悪)を発掘なさりやがりまして、
懐かしいやら恥ずかしいやら、赤面の余りの深酒で風邪を拗らせ
家族サービスも侭ならず、女房子供の大顰蹙を買うやら、何とも
名状し難いGWとなりました次第です(^^)

当時と比べると、自身の書込みスタイルも、某か変化した印象を
受けるのですが、こうしたデータの保存も良し悪しですね。まあ
良くぞ憶えていて下さったものと、恐縮しております。
No.499 Re: 趣旨違いの書込みで失礼します ニジェガロージェッツ [2005/05/08(日)22:58:10]
Ондрей Заковさん、お久し振りです。

: 尼崎では何とも酷い事故が起きたもので、現場が知人宅の近所と
: いう事もあり、(中略)かかる重大事件において同窓会員の方が
: 巻き込まれたのは、9.11以来の事で、御冥福を御祈り申し上げる
: ばかりです。

先般の福知山線の脱線転覆については、信じられない程の大勢の犠牲者を出した全容が解
明されつつある一方で、次々に露見するJRの不手際や内情が明らかになり、ニュースを見
る度に暗澹たる気分になります。路線は違いますが日常でJR線を利用する機会も多く、ど
うしても他人事には思えない事件です。事件で尊い命を突然奪われた皆様の御冥福を御祈
り申し上げるばかりです。
Заковさんにはご縁のおありの方がJR福知山線の事故に遭われたとのこと、大変残念
です。心中お察し申し上げます。


: さて、他掲示板の話題で恐縮ですが   (中略)    我が
: 駄文(または過去の過ちないし旧悪)を発掘なさりやがりまして、
: 懐かしいやら恥ずかしいやら、赤面の余りの深酒で風邪を拗らせ
: 家族サービスも侭ならず、女房子供の大顰蹙を買うやら、何とも
: 名状し難いGWとなりました次第です(^^)

はい、確かにグリグリさんの「落書き帳」にて、今では更新で直接は見られないЗако
вさんの輝かしいお仕事振りを、今一度ほじくり返しました。
小生もジャンルは違いますが、「過去の過ちないし旧悪」を同時進行でやらかしていたこ
ともあり、2年も前のことですが、Заковさんの紹介文を見る度に、あの楽しかった
ころが懐かしく思い出されます。

: 良くぞ憶えていて下さったものと、恐縮しております。

いやいや、忘れられるものではないですよ。(笑)
No.500 祝・500書込達成 господин Ондрей Заков [2005/05/09(月)18:30:25]
> いやいや、忘れられるものではないですよ (笑)

そう言って頂けると、益々恐縮です ……… などと言いつつも
さり気なく 500番をゲットした、厚かましいЗаковでした(^^)
No.501 500書き込み達成 ニジェガロージェッツ [2005/05/11(水)03:32:13]
Ондрей Заков さん、500書き込み達成へのコメント、有難うございました。
またЗаковさんからは、いろいろな話題をご提供下さり、拙掲示板の発展に多大なご
貢献を頂きました。合せて深謝申し上げます。

どうぞこれからも宜しくお願い致します。
No.502 お初です。 MIHARU さん [2005/06/05(日)21:26:30]
初めまして。
この度、小学校の学習でこのHPを見させて貰っています
わからない事がいろいろとあるので、またそのときは書き込み
させてもらいます!
No.503 ご質問お待ちしております。 ニジェガロージェッツ [2005/06/06(月)22:46:52]
MIHARUさん、はじめまして。管理人のニジェガロージェッツです。
ご記帳有難うございました。

小学校の学習にて拙HPをご利用下さっておられるとお聞きし、HPを運営するものとして、
大変光栄なことで嬉しく思いますが、少々恥ずかしくも感じております。

拙HPはロシア各地の人口データを中心に、地理雑学のような形で各ページを作成しており
ますが、ロシアで入手した地理事典や、ネットでロシアのサイトを通じて公開されている
データを基にしているため、あまり日本で作成された資料は参考にしていません。

日本で作成された諸資料は、ロシア研究の実績のある先生方や研究機関で吟味されたもの
だと推察しますが、拙HPではそれらを抜きに直接ロシアの出版物やネットからの情報を、
私自身が解釈し和訳して公開しているために、学校での学習に用いるのには、皆様がご納
得いただけるような系統立てた説明が不十分ではないかと思います。

なにぶんにもマニアックな人口データが中心のHPではありますが、少しでも隣国ロシアに
ついて身近にお感じいただければと、運営を続けていく所存ですので、末永くお付き合い
頂ければ望外の喜びです。

そして、ご質問なりご要望があれば、是非お聞かせください。
私の出来ることでしたら、この掲示板でお応えするだけでなく、HPの運営にも反映させた
く考えております。
またのご来場お待ちいたしております。
No.504 ニジニノヴゴロド表記考 ニジェガロージェッツ [2005/06/12(日)17:48:25]
先週「ニジニ・ノヴゴロド州の人口」をUPしました。
思えば2年前にホームページを開設した際、サハリン州や沿海地方といった、日本に近い
ところから順次西へ西へと州を追ってきましたが、ようやく拙HPの原点とも言えるニジニ
・ノヴゴロドに到着したことになり、個人的に感慨深いものがあります。

ところで、このニジニ・ノヴゴロド(Нижний Новгород)という都市名は
、日本語のカナで書く場合に、その表記にぶれの多い最たる物です。
例えば、帝国書院の地図には「ニージニーノヴゴロド」と表記され、三省堂コンサイス外
国地名事典には「ニジニ-ノブゴロド」と書かれています。
また、彼の地にある日本センターには「ニージュニーノヴゴロド」となっています。

“Нижний”は、「下」を意味する形容詞単数男性形で、この単語のアクセントは最
初の и にあり、それを忠実に守ってカナで書くとすれば「ニージニー」または「ニー
ジニィ」となります。
ところが、後ろに“Новгород(ノーヴゴロド)”を伴って、ひとつの「ニージニ
ーノーヴゴロド」という複合地名になった場合、前の「ニージニー」のアクセントは副次
的なものに後退し、アクセントは「ノーヴゴロド」の「ノー」に移ります。拙HPで複合地
名の中の“Нижний”を敢えて「ニジニ」と短く表記しているのはこれを意識したも
のです。

次に問題となるのは“Нижний”と言う単語に日本語の発音にはない、ж という文
字があることです。これを一般にカナで「ジ」と表記されますが、もちろん日本語の「じ
」とは全く違った音です。敢えて大雑把に言えば、「ジュ」と言うつもりで母音「ュ」を
抜き去り、「ジ」(母音「ィ」を伴わずに)と言えば、、ж に近くなります。

更に в を「ブ」とするのか「ヴ」とするのか。2語からなる複合地名を続けて書くの
か区切るのか等など、まともにカナでは書けない
“Нижний Новгород”
ですが、この都市名について、いろいろ存在する表記がGoogleでどれくらいヒットするか
を調べてみました。
(2005年6月12日現在、8,058,044,651ウェブページから検索)

ニジニ・ノブゴロド 763件
ニジニ・ノヴゴロド 334件
ニジニノブゴロド 127件
ニジニノヴゴロド 112件
ニージニー・ノブゴロド 103件
ニージニーノブゴロド 77件
ニジニー・ノブゴロド 65件
ニジニーノブゴロド 49件
ニージニーノヴゴロド 21件
ニージュニ・ノヴゴロド 15件
ニージニ・ノヴゴロド 12件
ニージュニー・ノブゴロド 9件
ニージニノブゴロド 9件
ニージニィ・ノヴゴロド 8件
ニジュニ・ノヴゴロド 7件
ニジュニノヴゴロド 4件
ニージュニノヴゴロド 3件
ニージュニーノヴゴロド 2件
ニージュニーノブゴロド 2件
ニジュニーノヴゴロド 1件
ニージュニ・ノブゴロド 1件

さて、皆様がどう書くかは、それぞれがお好きなようにご判断の程。
No.505 大のロシアンファン−01 WORLD WIDE さん [2005/06/26(日)23:31:55]
はじめまして!
HP、見ました。
ロシアはやはり、広大な国ですね。地図を見ると実感できますね。
僕は、ロシアの人々と仲良く話したいと考え、ロシア(モスクワ)
に旅行する計画を練っています。本当は、あちこちの国々に行きたいけれど、特にいまは
、ロシアが第一目標です。治安はよくないと聞きますが、僕は旅行者のマナー違反が引き
金と思っています。ロシアの人たちは悪い人ばかりではないはず。ロシアの人たちの真実
を正当に評価してほしいので、是非、ロシアに旅行して、わだかまりをなくしたい。そし
て日本にロシアの友達を招待したいのです。
そこで質問。
旅行パンフレットやツーリストでは、いまいち、旅行したい気分になれないのですが、「
ここに行ってみては!」という、一押しがあれば是非教えてください。よろしく。
No.506 ロシア雑感 ニジェガロージェッツ [2005/06/27(月)23:56:37]
WORLD WIDEさん、はじめまして。管理人のニジェガロージェッツです。
ようこそお越し下さいました。

WORLD WIDEさんはロシア旅行をご計画の由。是非、生のロシアをご体験いただき、隣国の
今を見てお感じ頂ければと思います。

ところで「一押しのところ」についてですが、小生の見たロシアは90年代のニジニ・ノヴ
ゴロドを中心としたもので、広くロシア全般を見て来た訳ではないので、特に「ここがお
すすめ」というところを限定できないのが残念です。
また、広くロシアをご見聞された方からアドバイス頂くにしても、まずご計画の旅行の目
的を明確にするのが大事だと思います。

: 旅行パンフレットやツーリストでは、いまいち、旅行したい気分になれないのですが、

と仰るところから推測すると、一般のツアー客が訪れるような定番の観光地にはご興味を
お持ちではないと思いますが如何でしょうか。
そこで、

: ロシアの人たちは悪い人ばかりではないはず。
: ロシアの人たちの真実を正当に評価してほしいので、是非、ロシアに旅行して、
: わだかまりをなくしたい。そして日本にロシアの友達を招待したいのです。

現地ロシア人との交流ということが目的となると、出来れば長期間の滞在が望ましいと思
います。
以下はあくまで小生の偏見による私見ですが、「モスクワっ子」は首都ゆえに外国人に慣
れてしまっていると言うか、どちらかと言えば外国人に冷淡なイメージを持っています。
それに対して、長く閉鎖都市であったニジニ・ノヴゴロドは、小生が居た1996〜97年当時
では日本人など余程珍しかったのか、親切な人が多く、友達もすぐにできました。但し、
日本に対して好意的ではあるものの、特別な感情や期待などは、日本から遠い欧露部の都
市だけにあまり感じませんでした。
またタタルスタンあたりも、親日家が多いと聞きます。

: 治安はよくないと聞きますが、僕は旅行者のマナー違反が引き金と思っています。

確かに、団体で観光地巡りをする一団の中には、買春目的の国辱おやじや、変にきらびや
かな格好で危機感なく買い物等に熱中するおばさん連中などが、現地の人々の反感を買い
、旅行者目当ての犯罪を誘発する一因にはなっていると思いますが、ロシアの治安悪化に
関して言えば、そのような表面的なものではないと感じます。
ソ連崩壊に前後して起こった、従来の生活基盤の崩壊、社会の無秩序化、価値観の変動、
貧富の差の拡大、帝政ロシア時代からソ連時代を通じてロシアにはなかった「自由」の意
味を履き違えた連中などなど、色々な要因が絡み合って作用した結果だと思います。

但し、WORLD WIDEさんもお考えのように、本来のロシア人は、根っからのお客さん好きで
、本当に親切な性格を持っていると感じます。
地方に行けば、まだまだ「古き良きロシア」が生きているかも知れませんね。

拙HPの「リンクのページ」には、生のロシアを経験された皆様方の素晴らしいホームペー
ジがございます。
ご旅行の前に是非、ロシアについての見聞を広めていただき、WORLD WIDEさんのロシア滞
在計画を練られてはと思います。
参考: http://www.hi-net.zaq.ne.jp/nizhniy-kobe/link.htm
No.507 80000カウント御礼 ニジェガロージェッツ [2005/07/28(木)02:43:45]
トップページのご訪問カウンターが80000を超えました。
拙ホームページ公開から丁度2年を迎え、日頃の皆様のご愛顧、深く感謝申し上げます。
これからも更なる充実を図っていく所存でおります故、末永くお付き合い頂ければ幸甚で
す。
No.508 乗組員の無事を祈る ニジェガロージェッツ [2005/08/06(土)11:52:05]
カムチャツカ半島南部のベリョーゾヴァヤ湾で8月4日、ロシア太平洋艦隊の潜水艇AS-28
バチスカーフ(АС-28 Батискаф)が、深さ190mの海底で浮上不能になり、
日本海上自衛隊の潜水艦救難母艦「ちよだ」を含む4隻をはじめ、米英からも救助に向か
ったというニュース報道がなされています。

日本自衛隊の国際緊急援助活動で外国艦船の救助は初めてのことだそうで、それもロシア
海軍が相手とは、冷戦時代から思うと隔世の感がありますが、自衛隊の現場到着は3,4日
かかるそうで、実際の救助活動は残り2日分とも言われる船艇内の酸素の残量と時間との
戦いになりますが、乗組員の無事と救助活動の成功を祈らずにはおれません。

ところで、この事故の現場となっているベリョーゾヴァヤ湾(бухта Берёзо
вая)は、報道ではペトロパヴロフスク=カムチャツキーの南75キロに位置していると
のことで、地図を探すとロシアの200000分の1地形図に出ていました。
http://green.bdk.com.ru/map/kamshatka_s/068.jpg
の地図下辺に南北を山岳に挟まれた小さな入り江が書かれており、はっきりと
бух. Березовая
と表記されています。
地図を見ると、湾奥にбар.と書かれたバラックが一つ建っている他は、急峻な崖に囲
まれた入り江で、周辺には何もなさそうなところです。

カムチャツカ半島南部の200000分の1地形図はこちらから ↓
参考: http://green.bdk.com.ru/map/kamshatka_s/index.htm
No.509 良いニュース ウスリースクの希望 さん [2005/08/12(金)02:35:02]
初めて投稿させて頂きます。

遅くなりましたが、久々に良いニュースでした。
潜水艇乗組員全員無事で良かったです。
http://cnn.co.jp/world/CNN200508070003.html
参考: http://cnn.co.jp/world/CNN200508070003.html
No.510 Re: 良いニュース ニジェガロージェッツ [2005/08/12(金)23:48:21]
ウスリースクの希望さん、はじめまして。
潜水艇乗組員全員救助の朗報を有難うございました。

今回は現場に空輸された英国海軍のの無人潜水艇が、事故の原因となったプロペラなどに
からまった魚網や海底アンテナのケーブル切断に成功したことで救助されましたが、日本
から派遣された潜水艦救難母艦「ちよだ」など4隻から成る救助隊は、救助されたことを
受けて撤収命令が出され、途中で引き返し日本への帰途についたようです。

日本には空輸で使用できる潜水艇がなく、船舶輸送しか手段がなかったために現場への到
着すら出来ませんでしたが、それにしてもカムチャツカは日本本土から遠いですね。
昔みたいに幌筵島に基地でもあれば別ですが・・・。

何はともあれ、潜水艇乗組員の無事救助は良い知らせでした。
No.511 クイビシェフ 鮎川(白桃) さん [2005/08/15(月)11:52:46]
久しぶりに貴ホームページにお邪魔しています。ますます充実していることに感激してお
ります。
ひとつボケをかましました。クイビシェフの人口48,848人。エ〜!
サマーラに改称していたのをすっかり忘れておりました。やっぱり日々復習しないと、頭
がボケますね。(笑)
No.512 カインスク ニジェガロージェッツ [2005/08/15(月)15:32:56]
これはこれは、鮎川(白桃)さん、お久しぶりです。
  
: ますます充実していることに感激しております。
恐縮です。その分、白桃さんが大活躍の「落書き帳」へは、こちらがご無沙汰気味となり
、申し訳なく思っています。

: ひとつボケをかましました。クイビシェフの人口48,848人。エ〜!
: サマーラに改称していたのをすっかり忘れておりました。

西シベリアのクイビシェフ市を、ヴォルガ中流の百万都市サマーラ市(1935〜1990年まで
はクイビシェフ市)と、一瞬取り違えてしまったようですね。
そうなんです。クイビシェフ市はまだ健在だったのです。
これはロシア版「市りとり」をやる上で、非常に貴重なことだったりします。「ク」で始
まる都市名は、非常に重宝するんです。(笑)

ソ連時代には、「クイビシェフ市」が3市ありました。
そのうちの2市はソ連解体期に、それぞれサマーラ(サマーラ州・当時はクイビシェフ州
)、ボルガル(タタルスタン共和国)に改称というか、「還称」されました。
#No.38にて、なきらさんもお気付きでしたね。

ところで、西シベリア・ノヴォシビルスク州に現存するクイビシェフ市ですが、この都市
の元来の名称は「カインスク」と言います。
ロシア語の検索サイトでКаинскを調べると、結構ヒットします。
公式には「クイビシェフ」のままですが、地元では案外「カインスク」で通っているのか
も知れないですね。
No.513 初訪問 matsu さん [2005/08/29(月)16:47:51]
こちらには初めて来ました、落書き帳ではニジェガロージェッツ さんの書込みも拝見さ
せていただいております。
私は地名の由来などに割りと興味を抱くのですが、ロシアの地名についていくつか質問さ
せてください。なお、これは私のうろ覚えの知識なので、間違えているのかもしれません
が。
ウラジオストックは「東方を征服せよ」という意味である。
モスクワとシベリアは「沼沢地」という意味の言葉である。
というのは当たっておりますでしょうか?サイト内拝見させていただきましたが、特にそ
のようなことは載っていない様なのでお聞きする次第です。
ウラジオストックの意味が当たっているのであれば、中々意味深な命名ですよね、対象は
どこだったのでしょうか?日本、あるいはアメリカまで視野に入っていたのでしょうか?
といった想像をしておりましたが、間違っていると根本が崩れますね。
ロシアの各都市の市名の由来または意味など(市名の変遷など含む)一覧で見られると私
などはうれしいですね。そんなページの企画はありませんか?(多すぎて大変ですよね、
すみません勝手なこと言って)
ではまた。
No.514 東方を支配せよ ニジェガロージェッツ [2005/08/31(水)01:47:15]
matsuさん、はじめまして。ようこそお越し下さいました。

: 落書き帳ではニジェガロージェッツ さんの書込みも拝見させていただいております。

恐れ入ります。自分のHPを立ち上げてからは、気が向いた時だけあちらに出没し、地元の
神戸ネタのみに反応するようなところがあり、恥ずかしい限りです。

: ウラジオストックは「東方を征服せよ」という意味である。

そのとおりです。ロシア語では Владивосток と書きますが、
このうち、後ろ半分の восток (ヴァストーク)は、方角の「東」です。
ウラジオストクは1860年の清国との北京条約にてロシア領となったのですが、「東」が特
定の国を指しているのではなく、「東方」とか「東洋」といった意味合いだと思います。
前半の влади (ヴラヂー)ですが、これは владеть (ヴラヂェーチ)
からきた言葉で、「所有する」とか「支配する」という動詞です。能力を示す場合に「〜
が得意である」と言う表現にも使用されます。
同じ構造の地名で、北オセチア共和国の首都ヴラジカフカス Владикавказ 
があります。これも влади + кавказ (カフカス)で、
「カフカス(コーカサス)を支配せよ」となります。 

: モスクワとシベリアは「沼沢地」という意味の言葉である。

モスクワの由来は、この都市を流れるモスクワ川から来ているのですが、では、この河川
名の由来はというと、いまひとつ曖昧で、中世ロシアの逸話を含めて諸説あるようです。

以下はロシアのネットを通じて小生のにわか調べによるもので、信憑性の裏付は取れてい
ませんが、近年広く知られている説として、当初のバルト語形のヴァリアントでこの川の
名称を Mask-(u)va とか、或いは Mask-ava 、Mazg-ava と表記したと言われ、これ
が「沼沢地」「泥」「湾曲」に関連付ける意味合いがあり、モスクワ川が沼を源流とする
ことから、この名が付いたと説明するものです。

#現代のロシア語では、モスクワ Москва (マスクヴァー)に、「沼沢地」の意
味合いはありません。

シベリア Сибирь (シビーリ)の由来は、15〜16世紀末にかけて西シベリアのイ
ルティシ川流域に存在したシビル汗国に由来するものですが、シビル汗国そのものの名称
由来については申し訳ありませんが存じません。

: ロシアの各都市の市名の由来または意味など(市名の変遷など含む)一覧で見られると私
: などはうれしいですね。そんなページの企画はありませんか?

面白いご提案有難うございます。
地理雑学にとっては、地名の由来はひとつの大きなテーマです。
ロシアの全1098市の市名由来を調べるとなるともの凄く膨大な作業になりますが、主だっ
た大都市だけでも調べると面白いですね。
ただ、先のモスクワの例からして、その由来を「モスクワ川に因む」とだけするのか、モ
スクワ川という河川名の由来まで追及するのか、どこで線引きするかが難しそうですね。
河川名の由来ともなると、正直なところ、ちょっとお手上げです。
No.515 御礼 matsu さん [2005/08/31(水)17:37:43]
丁寧なご回答ありがとうございます。
うろ覚えの知識に少しでも裏付けが取れて嬉しい限りです。
最初は、落書き帳の方でお聞きしようかとも思いましたが、ロシアネタに関しては控えら
れているようでしたし、こちらで直接お伺いしたほうがよさそうでしたのでこちらへの書
込みとなりました。
由来に関してですが、言葉の意味そのものだけでも、とても参考になるのではないかと思
います。例えば「ニジニ・ノヴゴロド」は「(ヴォルガ河の)下流にある新しい都市」と
言う意味(あってますよね?)で、13世紀に造られた新しい都市(随分古いな)であれ
ばその当時の状況はどうなっていたのだろうか?他には新しい都市は創設されたのだろう
か?その都市の名前はどういう名前だろうか?など、色々興味の範囲が広がっていくよう
な気が致します。
ニュータウンという意味では、イタリアの「ナポリ」、チュニジアの「カルタゴ」なども
(こちらもまた随分古いニュータウンですが)そうですね、まあ国が違いますが。
掲示板への書込み自体が初心者ですので、何か失礼の段ありましたら(この掲示板に限ら
ず)ご指摘ください、すぐに改めます。
ではまた。
No.516 14世紀の暗黒時代 ニジェガロージェッツ [2005/09/05(月)00:53:59]
matsu さん、レス有難うございます。
先日来、他板でオフ会の幹事役を仰せ付かったりでバタバタして、ヤールマルカへ顔を出
すのが遅くなってしまいました。申し訳ございません。

: 最初は、落書き帳の方でお聞きしようかとも思いましたが、ロシアネタに関しては控えら
: れているようでしたし、こちらで直接お伺いしたほうがよさそうでしたのでこちらへの書
: 込みとなりました。

お察し有難うございます。
ロシア地理に関しては、「落書き帳」では名指しされれば喜んで出て行きますが、名指し
なき場合は、たとえロシアのことが話題に上っていても(たとえそれが事実と異なってい
ても)、一切の反応を慎んでいるところです。

: 由来に関してですが、言葉の意味そのものだけでも、とても参考になるのではないかと思
: います。

拙HPに、「ロシアの都市名に関しての一考察」というページを設けておりますが、ご参
考まで。

: 例えば「ニジニ・ノヴゴロド」は「(ヴォルガ河の)下流にある新しい都市」と
: 言う意味(あってますよね?)で、13世紀に造られた新しい都市(随分古いな)であれ
: ばその当時の状況はどうなっていたのだろうか?他には新しい都市は創設されたのだろう
: か?その都市の名前はどういう名前だろうか?など、色々興味の範囲が広がっていくよう
: な気が致します。

確かにノヴゴロド Новгород というのは、
「新しい都市」(Новый「新しい」+город「都市」)
という意味ですが、ノヴゴロド公国の首都として栄えたヴェリーキー・ノヴゴロド市(1999
年までは単にノヴゴロド市と称した)が有名ですが、この都市は859年建設のロシア最古
の都市のひとつです。
ニジニ・ノヴゴロドの由来についてはお察しの通り「ヴォルガ下流の新しい都市」です。
今では「ヴォルガ下流」でもなければ「新しい都市」でもありませんね。
当時の状況としては、ニジニ・ノヴゴロドは中世ロシア(当時はルーシ)の東に隣接する
異民族(今で言うモルドヴァ人とかチュヴァシ人、ヴォルガ・タタール人など)への備え
として建設されましたが、元々はルーシの版図ではなく異民族の居住地域でした。
ロシア側から見れば「異民族への備えとして新たに建設」でしょうが、ヴォルガ諸族から
見れば「新たなルーシの侵略拠点」といったところでしょうか。
ところが、当時のルーシは統一された国家ではなく、キエフ公国、ノヴゴロド公国、ヴラ
ジーミル公国など、いくつもの公国(侯国)に分裂していました。
ニジニ・ノヴゴロドはその中で新興のヴラジーミル公国によって1221年に建設されました
が、その直後の1237年には、モンゴル軍のリャザン攻略に始まるルーシ侵攻が起こり、1239
年に若いニジニ・ノヴゴロドもモンゴルに征服され、モンゴル帝国分裂後もモンゴル系の
キプチャク汗国の支配が続きました。
ロシアではノヴゴロド公国以外はモンゴルの軍門に下り、この時代を「タタールのくびき
」と呼んでいます。
その中でヴラジーミル公国の滅亡後、モンゴルの力を逆利用し勢力を伸ばし、最終的にロ
シアを統一したのがモスクワでした。
(それゆえ、ウクライナはロシアを嫌っているという歴史背景の説明もしばしば見ること
があります)

: 掲示板への書込み自体が初心者ですので、何か失礼の段ありましたら(この掲示板に限ら
: ず)ご指摘ください、すぐに改めます。
: ではまた。

「失礼の段」などと、とんでもない。
他板で拝見する、いつも真摯なmatsuさんの書き込みには好感を覚えます。
こちらにもいつでも遊びにいらして下さい。
今後とも宜しく御願い申し上げます。
参考: http://www.hi-net.zaq.ne.jp/nizhniy-kobe/nazvanie.htm
No.517 ウスリースクの希望 ウスリースクの希望 さん [2005/09/09(金)03:18:01]
519以来、2度目の書き込みです。
私のハンドルネームの一部になっています、「ウスリースク」についての詳細を知りたい
のですが、うまくいきません。かつて「ヴォロシーロフ」を地名辞典で引いた高校時代に
、将軍の名前であること、現在の名が「ウスリースク」であることも知りました。何故、
ウスリースクにこだわるかと言いますと、私の母方の祖父が1945年12月3日に戦病死した
とされている町だからです。一度その地を訪れてみたいという考えが頭の隅にあります。
ただ、情報が少なすぎまして・・・。もし、良い文献やサイトをご存じでしたら、ご教示
頂ければ幸いです。
No.518 訂正 ウスリースクの希望 さん [2005/09/09(金)03:21:57]
間違えました。しかも、題名にハンドルネームを・・・。
誤:519以来
正:509以来
No.519 ウスリースク ニジェガロージェッツ [2005/09/11(日)12:39:01]
ウスリースクの希望さん。レスが遅くなり申し訳ございませんでした。

沿海地方ウスリースク市についての情報ですが、これといった情報はもっていません。
1991年にハバロフスクからウラジオストクへ鉄道で移動した際、早朝ウスリースク駅に停
車しましたが、非常に荘厳な駅舎だったことを記憶している程度です。

おそらく検索サイトはお試し済みだと思いますが、改めて「ウスリースク」を検索すると
、結構いろいろなウエブサイトにヒットします。
ウスリースクについての総合的な情報では、「ウスリースク市・地区合同自治体の共同情
報」が詳しいかと。
http://www.near21.jp/topics/russia/news/Y14/rosiadata/tokubetu/tokubetu.htm

: かつて「ヴォロシーロフ」を地名辞典で引いた高校時代に、将軍の名前であること、
: 現在の名が「ウスリースク」であることも知りました。何故、
: ウスリースクにこだわるかと言いますと、私の母方の祖父が1945年12月3日に戦病死した
: とされている町だからです。一度その地を訪れてみたいという考えが頭の隅にあります。

ご事情お察し申し上げます。
ご先祖様が亡くなられた当時、確かに市の名前はヴォロシーロフ市でした。
ロシア語で Ворошилов と書きます。
スターリン時代のソ連国防相クリメンティ・ヴォロシーロフ元帥の名に因んて付けられた
都市名ですが、当時の日本ではこの街を「ウオロシロフ」と表記していたようです。
検索サイトで「ウオロシロフ」を検索すると、十数件のページにヒットしますが、Yahoo
検索で15件すべて、Googleでも19件中18件がシベリア抑留関連のページでした。

最後にロシアのホームページですが、街の写真など雰囲気を伝えるのが沿海地方の紹介サ
イト内にあるウスリースクのページです。
http://www.fegi.ru/PRIMORYE/GEOGR/ussur.htm

今回はあまりお役に立てなかったのが残念ですが、また何か見つけましたらご紹介させて
いただきます。
No.520 Re: ウスリースク ウスリースクの希望 さん [2005/09/20(火)03:20:59]
管理人さん>
こちらの方こそレスが遅くなりまして、失礼いたしました。
いつか行ってみたいものです。新潟からウラジヴォストークかナホトカまで船で行けます
よね!あとは列車で。
ご紹介して下さったサイトは早速お気に入りに加えさせて頂きました。ありがとうござい
ます。
そうでした。確かに「ウオロシロフ」と当時の通達にありました。
墓参が出来ましたら、シベリア鉄道横断もしてみたいと思っています。
No.521 サハリン50万分の1地形図 ニジェガロージェッツ [2005/09/24(土)22:39:58]
以前No.320にてブック形式のサハリン州20万分の1地形図を入手したことをお知らせしま
したが、今日は1枚物のサハリン州地図を入手しました。
表面にサハリン北半、裏面にサハリン南半がそれぞれ50万分の1地形図で描かれており、
標高線は100m毎で陰影入りの優れものです。海域には水深まで書かれています。これに
よるとアムール河口の間宮海峡はかなり水深が浅いことがわかります。
嬉しいのは、前回入手した20万分の1地形図には表示がなかった経緯度線があり、行政区
画(地区=ラヨン)の境界線が明記されていること。
地理データとしては、1995年のユジノサハリンスク市の拡大(下記・注)、震災によるオ
ハ地区ネフチェゴルスク町の破壊、1998年のネヴェリスク地区ヤスノモルスキー町の村へ
の格下げが反映されている一方、近年鉄道の廃線が伝えられているアニワ線(旧・南樺鉄
道線)、南部横断線(旧・豊真線)、スタロドゥープスコエ(栄浜)支線はそのまま残っ
ています。
ロシア製の地図で、ロシア語のみの構成です。
「楽天市場」内にある稚内のお店「北緯45度31分」にて1枚350円+送料100円で販売され
ています。おすすめの一品です。
http://item.rakuten.co.jp/hokui45/map_03

注)ユジノサハリンスク市の市域拡大について
1995年、アニワ地区のルゴヴォエ=草野、ノヴォアレクサンドロフスク=小沼、ベレズニ
ャキ=富岡、スタロルースコエ=深雪、クリュチ=本川上(以上、豊栄郡豊北村)、コル
サコフ地区のヴェストチカ=上喜美内(富内郡富内村)をユジノサハリンスク市行政区に
編入
日本領土時代の豊原市域にあったトロイツコエ=並川、ノヴォトロイツコエ=下並川、ウ
スペンスコエ=中沢はユジノサハリンスク市域ではなく従来どおりアニワ地区のまま。


追記:ウスリースクの希望さんへ
ウスリースクへの玄関となるウラジオストクへはウラジオストク航空の旅客機が、新潟か
ら(木・日)、富山から(水・土)、関西空港から(火) 運行されています。
ウスリースク市は中露国境に近いことから中国人の流入が多いところと言われています。
近いうちにご訪問が実現すればよいですね。
No.522 島国育ちの地図感覚 らるふ さん [2005/09/26(月)19:25:29]
こんにちは、ヤールマルカ初来場です。

ニジニ・ノヴゴロド周辺の地図(20万分の1)・・・先日、謎の神戸ビンゴ大会(?)の
景品でこれをいただきました。
ロシア語は100%わかりませんので、私にとっては「言葉のない地図」ですが、「地図」
そのものに万国共通語的な部分もあると思うので、その地図を眺めて見た感想などを少々
。

まず、大きな川の合流地点を中心にできた都市、ということで日本で言うと盛岡市あたり
をイメージしましたが、ニジニ・ノヴゴロド市は130万都市・・・、何かが違う。そう都
市規模が違う。人口で言うと盛岡市の4〜5倍だ。
日本の地図帳を引っ張り出して見てみると、20万分の1の地図では盛岡市はもっと都市部
の面積が小さい。6万分の1の都市地図を見ると、まあまあ自分としてはイメージに近い。
何かのせいで、「20万分の1」という感覚が持てなくなっているのではないか。
あぁ、わかりました。それは「川幅」です。日本では20万分の1サイズで、あんなに太い
川は登場しない。ニジニ・ノヴゴロド市の市域を分けるオカ川でも、馴染みのある淀川河
口付近より太く、利根川の河口付近に匹敵する川幅。さらにヴォルガ川は利根川どころか
北浦といい勝負の川幅で、地図上の百数十キロの流路に橋はひとつだけ(上流の貯水池の
堰のところにも橋があるのかも知れませんが・・・)しか見られません。
島国と大陸では「川」の感覚がまるで違うんだな、と感じました。(そりゃそうですね。
データを見ると、ヴォルガ川は日本を代表する河川「利根川」や「信濃川」と比べて、長
さで10倍、流域面積で100倍レベルですから)

ところで、ニジニ・ノヴゴロドの北十数キロのあたり(北西30〜50キロあたりにも見られ
ますが)、長方形のため池が多数並んでいるのは何でしょうか。パッと見て、大和郡山の
金魚の養魚場を思い浮かべましたが、これもスケール違い。どちらかと言うと浜名湖南部
の養魚場を4〜5倍の規模にしたような感じで、かなり大規模な施設だと思います。いった
い何?
ご存知ありますか?
No.523 ギドロトルフ ニジェガロージェッツ [2005/09/27(火)21:00:49]
らるふさん、ようこそお越し下さいました。

: ニジニ・ノヴゴロド周辺の地図(20万分の1)・・・先日、謎の神戸ビンゴ大会(?)の
: 景品でこれをいただきました。

あの地図は貴兄に渡りましたか。本当に地図を楽しまれるらるふさんに貰っていただいて
幸いです。

: 何かのせいで、「20万分の1」という感覚が持てなくなっているのではないか。
: あぁ、わかりました。それは「川幅」です。日本では20万分の1サイズで、あんなに太い
: 川は登場しない。

確かにロシア製の20万分の1地図を見ると、違和感があるのですが、一言で言えば、川幅
の違いと地形の単調さといったところでしょうか。
違和感を感じながらも、らるふさんに言い当てられるまでそれほど意識していませんでし
た。納得です。

ニジニ・ノヴゴロド周辺部のヴォルガの川幅は、あれでも結構狭いほうで、それ以外の部
分は人造湖があちこちに設けられていて、例えばカザン辺りでは川幅が7キロほどになっ
ています。更にもう少し下流のカマ川との合流点辺りでは優に30キロを越え、天気のいい
日でも対岸が見えるか見えないかというほどです。

: ところで、ニジニ・ノヴゴロドの北十数キロのあたり(北西30〜50キロあたりにも見られ
: ますが)、長方形のため池が多数並んでいるのは何でしょうか。パッと見て、大和郡山の
: 金魚の養魚場を思い浮かべましたが、これもスケール違い。どちらかと言うと浜名湖南部
: の養魚場を4〜5倍の規模にしたような感じで、かなり大規模な施設だと思います。いった
: い何?

確かに、ニジニ・ノヴゴロド周辺には奇妙な溜池のようなものが点在し、ヴォルガ河沿い
の湿地帯に手を加えたにしては微妙に川筋から離れており、更に形状があまりにも人工的
かつ敷地内に軌道が縦横に張り巡らされています。

地図で言えば、20万分の1の縮尺で初めて図示されており、50万分の1クラスの地図には載
っていません。
その20万分の1地図でも、施設名などは載っておらず、実態が謎です。

ところでロシアの地名には、その地域の実情なり産業なりをそのまま地名にしたところが
多く、例えばスヴェルドロフスク州には「アスベスト」という市名があるほどです。
では、この「溜池」に面した地名で何かそれを物語るものがないかどうかを見てみると、
ありました。
ニジニの北西30キロのヴォルガ河畔に「バラフナ」 Балахна という都市があり
ます。
その南西の後背地にも同様の「溜池」群が広がっているのですが、その入り口に「ギドロ
トルフ」 Гидроторф という都市集落があります。
ロシア語で「ギドロ」 гидро は「水」とか「液体」を表し、
「トルフ」 торф は、「泥炭」を表します。
そこで、ギドロトルフ гидроторф を露和辞典で引くと、ずばり「水圧利用泥
炭採取法」とありました。
また、少し古い軍事用の20万分の1地図には、ここに限らず同様の「溜池」の近くには、
漢字の「品」の字の「口」3っつを引っ付けたような地図記号が必ずといってよいほど描
かれており、この記号は「泥炭」を意味しています。
おそらく、これら「溜池」は泥炭の露天掘に用いられる用水のようなものではないでしょ
うか。
軌道は泥炭の搬出用に敷設されているのでしょう。
No.524 ニジニ・ノヴゴロド州の地理概況 らるふ さん [2005/09/30(金)19:24:52]
ニジニ・ノヴゴロド州の地理概況を拝見させていただきました。(「ロシアの地理雑学 
都市・行政区画 人口データ集」は本当に素晴らしいですね。こういう資料の整理の仕方
は大好きです。)
同州の資源に「泥炭」とありますね。
主要産業のところに「チョウザメの養殖」は入っておらず・・・残念(笑)。
ところで、そのニジニ・ノヴゴロド州の主要産業の工業製品を見るといかにも「重化学工
業」というラインアップがずらりと並んでいます。内陸に重化学工業地帯があるとは、ヴ
ォルガ川のスケールの大きさをうかがうことができます。(農産物をみて「コロッケの材
料」を連想してしまいましたが・・・そんな訳ないか)
先日のビンゴ大会はとても楽しく、興味深いものもいただけました。またいつか「京都〜
倉敷(!)」の間で開催されると嬉しいですね。
No.525 Re: ニジニ・ノヴゴロド州の地理概況 ニジェガロージェッツ [2005/10/02(日)13:07:58]
らるふさん、レス有難うございます。
1枚の地図から話題が展開していくのは、地理好きの醍醐味ですね。

: ニジニ・ノヴゴロド州の地理概況を拝見させていただきました。(「ロシアの地理雑学 
: 都市・行政区画 人口データ集」は本当に素晴らしいですね。こういう資料の整理の仕方
: は大好きです。)

あのようなマイナーなページにまで目を通していただいて感激です。
日本に近い極東地方のものであれば兎も角、日頃まったく聞きもしないようなナントカ州
だの共和国だの、小さな町の人口や行政区画人口など、誰が見てくれるのだろうかと自問
しながらデータ整理を続けております。こう言っていただくと胸がすく思いです。
だいたい1週間に1州のペースでデータをアップしていますが(先月は訳ありでかなりサ
ボっていました)、現在のところ89連邦構成体のうち、59まで出来ました。
極東に始まり、ようやく北カフカスまで完了です。これまではロシアとはいえ「外縁部」
のイメージがありましたが、いよいよロシア固有の領土である「中世ルーシ」の範囲に入
ります。

: 同州の資源に「泥炭」とありますね。
: 主要産業のところに「チョウザメの養殖」は入っておらず・・・残念(笑)。

地図上で「チョウザメの繁殖」用に一瞬思われるような大規模な「溜池群」について、先
の拙稿No.523では「泥炭の露天掘に用いられる用水のようなものではないか」と書きまし
たが、泥炭の採掘現場そのもののような気がします。

: ところで、そのニジニ・ノヴゴロド州の主要産業の工業製品を見るといかにも「重化学工
: 業」というラインアップがずらりと並んでいます。内陸に重化学工業地帯があるとは、ヴ
: ォルガ川のスケールの大きさをうかがうことができます。

ニジニ・ノヴゴロド州では、泥炭のほかには特に地下資源に恵まれているということはな
いようですが、この州に重工業が発展したのには、第一にヴォルガの水運があったと考え
ます。モスクワの含め欧露部の東部はヴォルガの水系にあり、またヴォルガ河自体はイラ
ン北岸に至る内陸湖のカスピ海へ注ぎ外洋には面していませんが、運河網が発達していて
(ヴォルガ=バルト運河、白海=バルト運河、ヴォルガ=ドン運河など)、白海、バルト
海、黒海とつながっており、ニジニ・ノヴゴロド港は内陸にありながらも水運の要になっ
ています。
またロシア(ソ連)では、古くより戦時には欧州各国軍の侵攻によりモスクワ以西が戦場
となるために、ソ連時代に重工業地帯をヴォルガやウラルなどのロシア奥地に展開させた
国防上の戦略もありました。

また楽しい集まりがあれば面白いですね。
地理談義に華をさかせましょう。(笑) 
No.526 ブラゴエシチェンスク господин Ондрей Заков [2005/10/11(火)17:30:22]
大変御無沙汰しております。

旧制時代の母校(恒例行事を元ネタとする小説の映画化が決定して、私を含め
同窓会が盛り上がっております)からも進学事例があったと聞く、旧満州での
最高学府的な位置付けだったらしい建国大学について調べている内に「虹色の
トロツキー」なる漫画に詳述ありと聞き、早速取り寄せて読んで見ました。

この話は、実在の人物に混じり、謀殺された元関東軍将校と現地人女性の間に
生まれた青年(架空)が、建国大学、パルチザン、興安軍など転々としながら
ノモンハン事件に至る激動期の下、いわゆる「自分探し」を続ける内容です。

彼を「特別研修」名目で強引に建国大に入学させたのが、その強烈な個性ゆえ
他の漫画でも登場している辻政信・関東軍少佐(実在)で、青年が幼かった頃
父親が謀殺された際に、トロツキーに会っているらしい事から、彼を招聘する
呼び水とし、スターリンのソ連に抗すべく極東政府樹立を画策する、といった
計画に基くものでした。(実際、そうした戦略があったか否かは不明です)

作中、辻少佐は列車で厳寒期の黒河を訪れます。街の傍らには、アムール河が
泰然と流れ、対岸にソ連領・ブラゴエシチェンスクの街を望む描写があります。
「これなら野砲でも充分攻撃できる」と不敵に笑う少佐の胸中は、ブラゴエを
終点とする鉄道支線を介して、アレクサンドロフカを制圧する事で、シベリア
鉄道を断ち、これを生命線とする沿海州を掌握する戦略がありました。

「ブラゴエシチェンスク」の地名に聞き覚えがあったので、良く考えて見れば
以前、ニジェさんから御教示を頂いた、清露国境での軍事的確執から1900年に
江東六十四屯と呼ばれる清国人居留地で民間人が大量虐殺されたという事件の
舞台になった街だったのですね。

日露戦争の伏線ともなった同事件を歌い上げた、旧制一高の第11回記念祭寮歌
「アムール河の流血や」は、同旋律が軍歌「歩兵の本領」に労働運動歌「聞け
万国の労働者」と、対極的な位置付けの節回しにも使用されたのが、興味深い
ところですね。
No.527 武市(ブ市) ニジェガロージェッツ [2005/10/16(日)02:50:08]
Ондрей Заков さん、いやぁお久しぶりです。
レスをお返しするのが遅くなり申し訳ございませんでした。

「虹色のトロツキー」の物語のご紹介、興味深く拝読させて頂きました。有難うございま
す。
満洲国黒河省黒河のアムール河対岸、ソ連アムール州の州都ブラゴヴェシチェンスクは、
位置関係からみて対ソ戦の際には当然攻撃目標として想定され、陸軍内では当時この街の
ことを「武市」と呼んでいたようです。

: 終点とする鉄道支線を介して、アレクサンドロフカを制圧する事で、シベリア
: 鉄道を断ち、これを生命線とする沿海州を掌握する戦略がありました。

アレクサンドロフカはシベリア鉄道本線より、ブラゴに至る支線の分岐点で、現在はベロ
ゴルスクという人口約7万の都市になっていますが、この辺りではシベリア鉄道線がソ満
国境から離れた位置を走っています。

: 「ブラゴエシチェンスク」の地名に聞き覚えがあったので、良く考えて見れば
: 以前、ニジェさんから御教示を頂いた、清露国境での軍事的確執から1900年に
: 江東六十四屯と呼ばれる清国人居留地で民間人が大量虐殺されたという事件の
: 舞台になった街だったのですね。

血生臭い事件ですね。当時はこの事件が「恐露症」を大いに煽るきっかけになりました。

: 「アムール河の流血や」は、同旋律が軍歌「歩兵の本領」に労働運動歌「聞け
: 万国の労働者」と、対極的な位置付けの節回しにも使用されたのが、興味深い
: ところですね。

それは存じませんでした。「聞け万国の労働者」はソ連の労働運動歌ですか? ソ連のそ
の手の歌は士気を鼓舞する軍歌調の物が多く、納得です。
No.528 「カムチャツカ地方」誕生へ ニジェガロージェッツ [2005/10/31(月)01:27:42]
今年の4月にシベリアのクラスノヤルスク地方とタイミール、エヴェンキ両自治管区との
合併を問う住民投票にて、賛成多数により新しい連邦構成体が誕生するというニュースに
接しましたが、今度は極東のカムチャツカ州とコリャーク自治管区との合併を問う住民投
票が行われた模様です。

公表された中間的なデータによれば、賛成票がカムチャツカ州で84.99%、コリャーク自
治管区では89.04%を集め、これにより新しい連邦構成体
「カムチャツカ地方」 “Камчатский край”
の誕生が確定的となったようです。
参考: http://www.kreml.org/news/101008704
No.529 サハリン州都市数の激減 ニジェガロージェッツ [2005/11/28(月)23:56:30]
2002年10月9日国勢調査以降の人口推移を見ると、2005年1月1日推計人口とそれ以前の人
口とでは明らかな変化があります。

例えばサハリン州の場合、州人口全体は減少傾向にありますが、2004年人口と2005年人口
とでは、
合計人口 538,100(2004) / 532,400(2005)
都市人口 467,000(2004) / 413,000(2005)
農村人口  71,100(2004) / 119,400(2005)
とあり、都市人口の激減と農村人口の激増があります。
同様の傾向はロシア各地で見受けられ、特にスヴェルドロフスク州や沿海地方では更に顕
著です。
もちろん、これは世知辛い都市から農村へ人口が流出した訳ではありません。
これは、いくつかの都市(市または町)が村に変更になったことによるものです。
サハリン州の場合、2002年国勢調査時点では「18市30町」の合計48都市でした。
それが2005年には「15市5町」の20都市にまで激減しています。

以下、サハリン州の20都市と、その2005年1月1日人口を列記しておきます。
(15市・・・合計人口377,600)
ユジノ=サハリンスク市 173,600
コルサコフ市 35,900
ホルムスク市 33,500
オハ市 27,200
ネヴェリスク市 17,800
ポロナイスク市 17,400
ウグレゴルスク市 12,800
アレクサンドロフスク=サハリンスキー市 12,200 
ドリンスク市 12,000
シャフチョルスク市 10,400
アニワ市 8,100
マカロフ市 7,000
トマリ市 5,100
セヴェロ=クリリスク市 2,500
クリリスク市 2,100 (北方領土の択捉島紗那)

(5町・・・合計人口35,400)
ノグリキ町 10,700
トゥイモフスコエ町 8,400
スミルヌィフ町 7,400
ユジノ=クリリスク町 6,000 (北方領土の国後島古釜布)
ヴァフルシェフ町 2,900

日本では市町村合併による自治体の統廃合が進んでいますが、あちらの国でもいろいろと
変化があるようで。
参考: http://www.hi-net.zaq.ne.jp/nizhniy-kobe/subekt.sakhalin.htm
No.530 2005年12月1日,ペルミ地方の誕生 ニジェガロージェッツ [2005/12/02(金)00:36:54]
ついにロシア連邦の構成主体の再編の幕が切って落とされました。
第一弾は、沿ヴォルガ連邦管区のウラル西麓に位置するペルミ州とコミ=ペルミャク自治
管区の合併による、「ペルミ地方」の誕生です。
ロシアのニュースには

「ロシアの地図に新しい連邦構成体『ペルミ地方』が登場した。ペルミ地方はペルミ州と
コミ=ペルミャク自治管区の合併によって誕生した。
現在、ペルミ州とコミ=ペルミャク自治管区はそれぞれの存在を打ち切った。新しい連邦
構成体の首都はペルミ市となった。まさに本日、廃止された2地域の立法議会により、オ
レグ・チルクノフ知事は職務に就いた。
コミ=ペルミャク自治管区はペルミ地方の特別地域行政単位となり、その長には、ヴァレ
ーリー・バヤンジン副知事が就く。
ペルミ地方の創設は新しいロシアにおける地域統合の第一の試みと記憶されよう。現在ロ
シア連邦は88連邦構成体となった。」

とあります。
日本では「平成の大合併」と呼ばれる市町村の統廃合が行われている最中ですが、ロシア
においてもプーチン政権の後押しのもと、ロシア連邦を構成する主体こと「連邦構成体」
が再編される時代となりました。
今回のペルミ地方の創設は、2003年に両地域で行われた住民投票の結果、約85%の賛成票
により実現しました。

なお、拙ホームページにおいてもペルミ地方の誕生を受けて各ページに変更を余儀なくさ
れました。いくつかのページを更新しております。
参考: http://www.pravda.ru/news/politics/01-12-2005/69340-0
No.531 あけましておめでとうございます knockeye さん [2006/01/05(木)20:16:45]
あけましておめでとうございます。
昨年は忌中でしたので失礼いたしました。
↑
こういうのネットでも関係あるのかどうかわからなかったのですが一応。
今年もあいかわりませず、いろいろご教示ください。
去年も何人かの人がロシアから世界へバイクで旅立ちました。
これからも多分増えていくと思っています。
ときどきわからないことなど面倒なことで、質問するかもしれませんがご容赦くださいま
せ。
では。
参考: http://d.hatena.ne.jp/knockeye/
No.532 バイクへの憧れ ニジェガロージェッツ [2006/01/05(木)23:02:47]
knockeyeさん、お久しぶりです。
2006年の年頭にあたり、新春のお喜びを申し上げます。

: 今年もあいかわりませず、いろいろご教示ください。

こちらこそ、貴「WEBの野営場」には、ロシアのことでいろいろと勉強させて頂いており
ます。小生で分かることであれば、喜んで何なりとご協力させていただきます。

: 去年も何人かの人がロシアから世界へバイクで旅立ちました。
: これからも多分増えていくと思っています。

広大なロシアをバイクで横断して、更に世界に向けてアクセルを回すとは、あまりにもス
ケールの大きい世界で、これは素晴らしいというか、凄いことですね。
小生も時間と予算の余裕があれば、せめてサハリンツーリングはしたいと思っていますが
、それを許せる現状ではありません。
単なるロシア入国も2000年夏を最後にご無沙汰しています。それまでは毎年のようにロシ
アへ行っていたのが夢みたいです。

ロシアをツーリングされた皆さんが、knockeyeさんのような素晴らしい旅行記を発表され
たら興味深いのですが、またこちらこそ、ご教示下さい。

: ときどきわからないことなど面倒なことで、質問するかもしれませんがご容赦くださいま
: せ。

どうぞどうぞ。こちらこそ、何か現地のことをお尋ねすることがあるかと思います。その
ときは、どうぞ宜しく御願い致します。
No.533 氷上鉄道 господин Ондрей Заков [2006/01/12(木)13:21:19]
遅れ馳せながら、今年もよろしく御願い申し上げます。昨年暮は
中国・吉林省の石油化学工場の事故による有害物質の流出により
アムール川下流域のハバロフスクなどでは、思いもよらぬ被害に
見舞われましたね。報道映像を見る限り、カチンコチンの状態で
何が何やら、さっぱりでしたが。

大河の凍結に伴う渡河の有無が戦略にも影響を与えるという点は
先に紹介した「虹色のトロツキー」作中でも言及がありましたが
1901−04年、バイカル湖の区間を除き全通したシベリア鉄道では
結氷期に限り、氷上にレールを敷いて列車を直通させた、という
記事を目にして、驚いております。そういえば、場所によっては
切り出した氷塊を利用した臨時架橋もあったそうで、正に大陸的、
壮大にして鷹揚な話と申せましょう。

ちなみにシベリア鉄道が、国際標準軌(新幹線規格)よりも広い
軌間を採用したのは、西欧からの侵略に悪用される事への懸念が
作用した為、とも言われているそうですね。

先日、運転しながら何となく聞いていたラジオ報道番組によると
プーチン大統領は柔道の心得があるそうで、そこで培った作法の
精神が、後年の政治活動に少なからぬ影響を与えているのだとか。
ちと意外な感じでした。
No.534 Re: 氷上鉄道 ニジェガロージェッツ [2006/01/12(木)22:17:23]
これはこれは、Ондрей Заковさん、こちらこそ今年も宜しく御願い申し上げ
ます。

堅く結氷したバイカル湖上に鉄道を通して、シベリア鉄道を開通させたというお話し初め
て知りました。面白いお話し有難うございます。
それにしても、いかにもロシアらしいというか、すごい話ですね。

バイカル湖上の鉄道は、現在の地図を見る限りイルクーツク州スリュジャンカ地区バイカ
ル駅(Байкал)から、その対岸のブリヤート共和国カバンスク地区タンホイ駅(Т
анхой)まで直線で約40キロですが、ロシアの感覚では距離のうちに入らないです
ね。
開通当初のイルクーツク駅からバイカル駅までの旧線は、アンガラ川に沿って敷設されて
いましたが、今では廃線になっています。
(参考地図です)


そういえば、シベリア鉄道の終点はウラジオストクですが、当初の構想では東京を終点に
考えていたというのを、何かの雑誌で見たことを思い出しました。ある意味ぞっとする話
です。

: 中国・吉林省の石油化学工場の事故による有害物質の流出により
: アムール川下流域のハバロフスクなどでは、思いもよらぬ被害に
: 見舞われましたね。報道映像を見る限り、カチンコチンの状態で
: 何が何やら、さっぱりでしたが。

中国からのロシアへの通報が遅れたことも、被害拡大の原因の一つとしてロシア側は問題
視しているようですね。

: ちなみにシベリア鉄道が、国際標準軌(新幹線規格)よりも広い
: 軌間を採用したのは、西欧からの侵略に悪用される事への懸念が
: 作用した為、とも言われているそうですね。

小生もそのように聞いております。戦時では国防上有効ですが、平時ではいちいち国境で
台車の交換を行わねばならず、不便この上ない話です。
日本の狭軌軌間を踏襲しているサハリン鉄道でもホルムスク港(真岡港)で台車交換して
大陸から乗り入れる列車を走らせていましたが、ロシアの広軌に改軌工事されるようです。
No.536 Re: ジェレズノゴルスク ygr さん [2006/01/17(火)13:01:30]
管理人さま>
実に1年振りに書き込みますw
以前[ジェレズノゴルスクに住んでいた]と書きましたygrです。
色々見てたら、1年前の自分の書き込みを発見w おもわず超遅レスです。

: クラスノヤルスク地方の閉鎖都市ジェレズノゴルスクにお住まいだったのですか。核に関
: 連する軍事機密都市と資料にはありますが、本当に驚きです。
 
-26には、プルトニウムの処理場のほかに人工衛星の工場があります。対アメリカの軍事
目的だったと聞きましたが、冷戦も終った今は一般通信用のものも生産しているとか。そ
こで働いていた人に聞いた話ですが、今でも(といっても数年前に聞いた話ですが)「秘
密の仕事」はあるそうです。詳しいことはしつこく聞いても教えてくれませんでしたがw
 
人工衛星かプルトニウムか、どちらの関連かわかりませんが
私が帰国した1年後ぐらいに、技術提携目的で日本からオフィシャルな査察団が来たそう
です。ですので、ある程度はオープンになってきているのかもしれませんが、ジェレズノ
はクラスノヤルスク地域の中でも閉鎖具合が厳しい都市だと聞きました。
隣町の、同様の閉鎖都市ゼレノゴルスク、-45は、公然たる"ドゥイルカ(穴)"がいくつも
あって、そこから自由に行き来できるそうですけど
 
行く前はそんな都市とは全く知らず^-^;、長期滞在した日本人は私が初めてだったそうで
、こんな秘密を知ってしまって、外務省に報告したほうがいいのかなぁ、、なんて思って
たんですけどw、ちゃんと在外登録してましたけどなーんにも連絡とかなかったですし、
いくら閉鎖都市と言えど、今時、人工衛星飛ばせばなんでも見えちゃいますもんね(笑)
No.537 Re2: ジェレズノゴルスク ニジェガロージェッツ [2006/01/20(金)03:17:15]
ygr さん、お久しぶりです。ご再訪お待ちしておりました。

: -26には、プルトニウムの処理場のほかに人工衛星の工場があります。対アメリカの軍事
: 目的だったと聞きましたが、冷戦も終った今は一般通信用のものも生産しているとか。

ジェルズノゴルスク(クラスノヤルスク-26)についての詳細レス有難うございます。
実際に現地でお暮らしになられた方からのお話だけに、本当に勉強になります。

: 人工衛星かプルトニウムか、どちらの関連かわかりませんが
: 私が帰国した1年後ぐらいに、技術提携目的で日本からオフィシャルな査察団が来たそう
: です。ですので、ある程度はオープンになってきているのかもしれませんが、ジェレズノ
: はクラスノヤルスク地域の中でも閉鎖具合が厳しい都市だと聞きました。
: 隣町の、同様の閉鎖都市ゼレノゴルスク、-45は、公然たる"ドゥイルカ(穴)"がいくつも
: あって、そこから自由に行き来できるそうですけど

一概に「閉鎖都市」と言っても、その閉鎖具合に結構差があるのが面白いですね。「公然
たるドゥイルカ」というのも何となく「ソ連の中にもロシアあり」という感じがして、興
味深いです。

ところで以前、閉鎖都市については存在そのものが秘密で、一切の統計資料にもそのデー
タが記されなかったと聞きます。こと人口に関してはクラスノヤルスク地方の閉鎖都市を
合計すると20万人近くに上るのですが、これが公表された(正式に地名がつけられ、市な
どの称号を付せられたは1994年)のを境にクラスノヤルスク地方の人口が急増した形跡が
見られないのは不思議です。
1979年人口が269万7000人で、1985年には293万1000人とこの間に23万4000人増えています
が、このあたりが怪しいのかも知れないですね。
  
: ちゃんと在外登録してましたけどなーんにも連絡とかなかったですし、

確か3ヶ月以上の長期滞在の場合には、外務省の現地在外公館に届出を義務付けされてい
ましたね。小生もニジニ・ノヴゴロド滞在の際に、わざわざモスクワの大使館へ出頭して
書類を提出しましたが、「はい、どうも」と、如何にもお役所仕事でしたね。

: いくら閉鎖都市と言えど、今時、人工衛星飛ばせばなんでも見えちゃいますもんね(笑)

その人工衛星を造っているのが、ロシアでは他ならぬ閉鎖都市ジェレズノゴルスクだった
と言うのは、その性能を熟知している当の技術者たちには「今更何を・・・」という感じ
でしょうか? (笑)
No.538 流氷接岸 господин Ондрей Заков [2006/01/25(水)07:55:05]
昨日、北海道知床で今冬初の流氷が観測されたそうで、斜里町
ウトロの港は、一面ビッシリ状態とか。これまで、冬に現地を
訪れるも、何れも数日違いで外していた為、かような報道には
心中疼くものを感じます。

この流氷、大元はアムール河口付近における微妙な塩分濃度の
違いから形成されるのだそうですね。さながら「アムール河の
流血や」ならぬ「アムール河の流氷や」という処でしょうかね。

………それにしても、北海道に行きたい………
No.539 Re: 流氷接岸 ニジェガロージェッツ [2006/01/26(木)00:41:46]
Ондрей Заков さん、流氷についての書き込み有難うございます。

: 昨日、北海道知床で今冬初の流氷が観測されたそうで、斜里町
: ウトロの港は、一面ビッシリ状態とか。

小生も流氷にお目にかかったことが無く、その神秘的な映像を体感したことはありません
。(氷結したヴォルガ河なら良く見ましたが)
オホーツク海北西のシャンタル諸島に10月末ごろに現れる流氷が、樺太東岸にそって南下
し、北知床半島(テルペニヤ半島)、中知床半島(トニノ=アニフスキー半島)を経て、
北海道知床半島に接岸するまでに3ヶ月かかるというのは、凄い(他に適切な感動詞が出
てこない・・)ですね。
現地在住の皆様の苦労は、小生などには想像すら出来なくて申し訳ないのですが。

流氷の状況を調べてみると「流氷情報センター」のウエブサイトに辿り着きました。
緻密な現況図などが見られて、面白いですね。
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAN1/1center.html

: ………それにしても、北海道に行きたい………

………それにしても、樺太に行きたい(笑)………
No.540 大黒屋光太夫 ツポレフ154 さん [2006/01/30(月)00:00:45]
はじめまして。ツポレフ154と申します。ユーラ氏のサイト「ロシアのバレエ団情報」の
常連です。どうぞよろしくお願いします。

No.504を拝見いたしましたがニジニ・ノブゴロドの日本語での表記は様々なものがあるの
ですね。
大黒屋光太夫の記録にある「ニヂノゴロド」「ニヂノゴロト」「ニジノゴロド」を付け加
えられてはいかがでしょうか?

光太夫はサンクト・ペテルブルクからの帰途、1791年12月に当地で一週間滞在しており、
「ここは非常に富裕層が多くもっともにぎわっているところである。高官は退官すると多
くがここに住む。劇場や博打場がところどころにある。」とのことです。当時の繁栄ぶり
を見た貴重な記録だと思います。

光太夫の記録には、今風に言えば「地誌」というべき記述も
多くあり、なかなか面白いです。また、固有名詞の表記もいまと同じもの(モスクワ)も
あれば大きく違うものもあります。

本日は以上です。
No.541 Re: 大黒屋光太夫 ニジェガロージェッツ [2006/01/30(月)22:31:41]
ツポレフ154さん、はじめまして。
ご活躍のユーラさんの「ロシアのバレエ団情報」は時々面白く拝見しております。小生は
バレエについての知識がなく、書き込みは出来ずにおりますが、10年前のニジニ・ノヴゴ
ロドで足繁く通った「オーペルヌイ・チアートル」で見たバレエが懐かしく思い起こされ
ます。

さて、18世紀末のニジニ・ノヴゴロドとその繁栄ぶりについて、大黒屋光太夫の記録から
の情報ありがとうございます。

: 大黒屋光太夫の記録にある「ニヂノゴロド」「ニヂノゴロト」「ニジノゴロド」を付け加
: えられてはいかがでしょうか?

確かに面白い表記だと思います。カナでは正確に表記できない
“Нижний Новгород”
について当時の光太夫の耳はどう感じたかが窺えて興味深いものがあります。
拙稿No.504にあるように、それぞれの表記がGoogleでどれくらいヒットするかを調べてみ
ましたが、「ニジノゴロド」のみ1件あり、「ニヂノゴロド」「ニヂノゴロト」について
は、ヒットしませんでした。

小生が用いている、日本語の「下」を表す形容詞“Нижний”を単に「ニジニ」とす
るのは正確な表記ではありませんが、近似値的には許容されるものと考えております。
特に ж の音を「ジ」ではなく「ジュ」として、「ニージュニー」とする表記について
は、日本語の「ジ」とは全く違う発音であることを強調する考え方として嫌いではありま
せんが、実際に存在しない母音「ュ」を敢えて挿入することになり、これとて正確な表記
とは言い難いと思います。
ж の音については、舌を奥に引いて舌先を硬口蓋に近づけて、舌先に向けて息を強く出
すと、この音が ш になります。これを喉で有声化すれば ж になるのですが、これ
を当時の光太夫は「ヂ」としたのが本当に面白いと思います。
 
: 光太夫の記録には、今風に言えば「地誌」というべき記述も
: 多くあり、なかなか面白いです。また、固有名詞の表記もいまと同じもの(モスクワ)も
: あれば大きく違うものもあります。

井上靖氏の小説『おろしや国酔夢譚』は読んだことがあります。ロシアへも持っていきま
したが、ニジニ・ノヴゴロド滞在中に現地で日本語を勉強している学生に譲りました。こ
れには光太夫がペテルブルクに行く往路でカザンの次に出てきたように記憶していますが
、タタール人の多い街であるように書かれていました。
光太夫については、作家・吉村昭氏の「大黒屋光太夫」という著書がありますが、こちら
についてはまだお目にかかっていません。
江戸時代の史料『北槎聞略』についても拝見できれば面白そうですね。
No.542 トリビアの泉 господин Ондрей Заков [2006/02/23(木)11:10:27]
関東では昨夜放映された「トリビアの泉」で、ボーリング投球を
狙撃に置き換えた場合、ストライクは取れるか、という「種」が
提示されまして、法律等に鑑み、かかる趣旨での「射撃実験」に
応じた唯一の例として、ロシアでの実施と相成りました。

モスクワ郊外の法定射撃場を、無理矢理ボーリング場風に改装し
職業柄、素顔を明かせないプロの狙撃手(元特殊部隊の隊員)が
ライフルで実弾狙撃を行う、という内容で、この様な番組企画に
応じたロシアの鷹揚さが垣間見えた気が致します。しかしそこは
東西冷戦時代を生き抜いた筋金入りの武人でしょうから「近頃の
ヤポンスキーは訳が判らん」などと思っているかも知れませんね。

関西では、数日遅れの放送らしいので、狙撃の結果は伏せますが
一見の価値ありと思いまして、御紹介申し上げる次第です。
No.543 Re: トリビアの泉 ニジェガロージェッツ [2006/02/24(金)02:24:17]
Ондрей Заков さん、いつも面白い話題提供に感謝です。
ただ、ご紹介頂いた「トリビアの種」の放映内容は、こちら関西地区でも一昨晩に放映済
みのようで、小生は見逃してしまいました。只々残念です。

: この様な番組企画に応じたロシアの鷹揚さが垣間見えた気が致します。(中略)
: 「近頃のヤポンスキーは訳が判らん」などと思っているかも知れませんね。

ロシア人はあれで結構ユーモアのセンスがある連中ですから、それで金になるのであれば
、喜んでやったことでしょう。(笑)
一見無骨なソ連型軍人でも、個人的にはお笑いへの理解があったりします。

本筋とは離れた重箱つつきのような指摘になって恐縮ですが、「ヤポンスキー」を「日本
人」の意味合いでお使いでしょうか?
もしそうだとすれば、少し訂正させて下さい。
この場合、集団としての「日本人」を指すのであれば
複数形で「ヤポンツィ японцы 」です。
一人の日本人個人を言う場合は、それが男性の場合は「ヤポーニェッツ японец 」
女性の場合は「ヤポンカ японка 」です。
(実際の発音では「ヤ」ではなく、「イェ」に近い音です)
「ヤポンスキー японский 」は「日本の」という単数男性形の形容詞です。これ
に「日本人」の意味はありません。

ただ、「ヤポンスキー」が「日本人」を意味するかの如く使われているのを日本の文学作
品などで良く見かけるのも事実で、ロシア語を学んだ経験のない皆さんが誤解されるのも
無理のないことです。
かく言う小生も、ロシア語をかじる前はそのように思っていました。
No.544 狙撃の結果 господин Ондрей Заков [2006/02/24(金)16:55:23]
> 小生は見逃してしまいました。只々残念です。

然様でしたか。それでは結果を申し上げますと、初弾では左端の
一本を残してしまい、次弾で「スペア」でした。参考までに通常
投球では見事に「ストライク」で、弾痕が残るピンをスタジオに
持ち帰ったのは、抱腹絶倒モノでしたね(^^)評価は勿論「満開」。

> 複数形で「ヤポンツィ японцы 」です。

御教示恐れ入ります。ちなみに「ヤポンスキー」の原典は、我が
国際情勢の教書と仰ぐ「ゴルゴ13」シリーズでした。そう言えば
台湾出身の武器商人を「タイワンスキー」と称していましたっけ。
No.545 Re: 狙撃の結果 ニジェガロージェッツ [2006/02/26(日)17:51:35]
Ондрей Заков さん、引き続き面白いお話し有難うございます。

: 然様でしたか。それでは結果を申し上げますと、初弾では左端の
: 一本を残してしまい、次弾で「スペア」でした。

ライフルとは言え、銃弾一発で9ピンも倒れたとは驚きです。

: 御教示恐れ入ります。ちなみに「ヤポンスキー」の原典は、我が
: 国際情勢の教書と仰ぐ「ゴルゴ13」シリーズでした。そう言えば
: 台湾出身の武器商人を「タイワンスキー」と称していましたっけ。

日本人をロシア風に「ヤポンスキー」と表記するのは、ゴルゴ13だけに限らず、結構目に
します。
ロシア人をロシア語では「ルースキー」と言い、「ロシアの」を表す形容詞と同じ形をと
りますが、これは例外です。
「ロシア人」以外の「〜人」は、大体「〜ец」型が多く、
台湾人も тайванец [タイヴァーニェッツ]です。

確かに「〜スキー」語尾は如何にもロシアっぽく、文学作品の表現ではその雰囲気を出す
ために(態と)使用されているのかとも思います。
No.546 アムール川の流速や господин Ондрей Заков [2006/03/16(木)15:18:07]
昨年11月に発生した中国・吉林省の化学工場における事故により
松花江、ひいてはアムール川へと大量流出した化学物質について
続報が昨夜、TVで報じられていました。暮れにハバロフスクを
通過した汚染は、事故発生から四箇月を経過した現在、先端部が
アムール川の下流域に来た、と推定されている様ですね。何とも
泰然とした印象を受けますが、それが、大陸本来の鷹揚さなのか
はたまた結氷による足止めなのか。

ハバロフスク市当局ではその結氷の影響を踏まえてか、通過した
問題物質は全体の三割程度ではないかと見て、依然、警戒態勢を
解いていないそうですが、寒さが緩むこれから日本海に流出した
問題物質は、サハリンの東岸沿いに南下、北海道のオホーツク海
沿岸に達する恐れもあるとの事。これ、良く考えてみると、正に
流氷が発生、到来するメカニズムそのものですね。

日本列島の近海全域で問題となっているクラゲの大発生の要因が
流域都市化の影響を踏まえた揚子江河口付近の状況にあるのでは
ないかとする、過日のTV特集番組の内容にも鑑みるに、良くも
悪くも、世の中一事が万事、グローバル化しつつあると感じます。
No.547 第三の元寇 ニジェガロージェッツ [2006/03/18(土)04:53:35]
Ондрей Заков さん、中国よりアムール河へ流出した化学物質から、北東アジ
アの潮流ついてのお話し有難うございます。

: 暮れにハバロフスクを通過した汚染は、事故発生から四箇月を経
: 過した現在、先端部がアムール川の下流域に来た、と推定されて
: いる様ですね。
(中略)
: 寒さが緩むこれから日本海に流出した問題物質は、サハリンの東
: 岸沿いに南下、北海道のオホーツク海沿岸に達する恐れもあると
: の事。これ、良く考えてみると、正に流氷が発生、到来するメカ
: ニズムそのものですね。

確かにこの松花河―黒龍江―樺太―北海道を結ぶルートは歴史の表舞台には登場しないも
のの、古代より大陸と日本列島を結ぶ北からのルートの様です。
モンゴル軍(元軍)による二度の元寇として、九州北部沿岸において文永の役、弘安の役
があった事は誰もが知っていることですが、樺太を通って「第三の元寇」があったことは
教科書にも書かれていないのではないでしょうか。
実際に元軍とアイヌ族との間で戦闘があり、樺太南端の西能登呂岬近くには白主土城とい
う遺跡があり、これは元軍が築いたとの説が有力です。結局、白主より宗谷海峡を越えて
蝦夷地への侵攻は行われなかったのですが、アイヌの抵抗さえなければどうなっていたか
分かりません。
No.548 連邦構成体別「都市・地区人口データ」が出揃う ニジェガロージェッツ [2006/03/18(土)22:36:54]
長らくお待たせしました。
拙HP開設以来3年近く掛かり、恐ろしくスローペースの作業でしたが、ようやく連邦構成
体別「都市・地区人口データ」の89ページが全て出揃いました。極東のサハリン州、沿海
地方に始まり、今日最西端のカリーニングラード州のページをUPしました。
今まで拙HPは「未完成」と公言して参りましたが、これを期に「完成」とさせて下さい。

これからも新ページのUPをはじめ、各データの更新作業を進めて参ります。地図の作画も
面白いかも知れません。ただし、89連邦構成体ごとの地図を全て揃えろ!・・なんて無理
難題はどうかご容赦願います。(笑)

#各連邦構成体の内部の行政区画地図については、ロシアのサイトになりますが、
http://openbudget.karelia.ru/budnord/russian/russia_map.htm
が便利かと思います。ロシア語しかないのと、少し古いところが難点ですが、結構分かり
やすく、見易い地図です。

これからも、どうぞ拙「ニジェガローツキー・ドヴォール」をご愛顧の程、御願い申し上
げます。
参考: http://www.hi-net.zaq.ne.jp/nizhniy-kobe/geography%20Russia.htm#03
No.549 はじめまして Misha さん [2006/03/21(火)02:15:07]
mishaと申します。はじめまして。
貴サイトを知り、ニジニーノブゴロド(以下N.N)が懐かしくなり投稿しています。
2002年から2004年にかけ仕事関係でN.Nには7.8回行きました。
今でも鮮明に思い出すのはオカ川のことです。
丘の上にあるオクチャブスカヤ ホテルを定宿としていましたが、そこから見えるオカ川
(ボルガ川)は壮観で、夏などは
ロシア人に混ざって道に腰掛け、ビールを飲んでいました。

今はあえなく東京暮らしとなりましたが、また近い機会にN.N
に行きたいと思っています。ロシアについてはN.Nを含めいろいろと思い出がありますの
で、また投稿します。それでは 
No.550 変わらないニジニの光景 ニジェガロージェッツ [2006/03/21(火)14:41:24]
misha さん、はじめまして。ようこそお越しくださいました。

オクチャブリスカヤ・ホテルとは何とも懐かしい。
小生がニジニで留学生活を始めたとき、まず100ドルをルーブルに替えたのがこのホテル
の1階にある両替所でした。
ホテルは大学の寮に近い上ヴォルガ河岸通り(ヴェルフネヴォルシスカヤ・ナーベレジナ
ヤ)にあって、よく前を歩きました。
通りには、丁度ホテルの向いに平屋のアメリカン・レストラン(確か「ガルジニヤ」とい
う名前だったか?)があり、ちょっと西側の味が懐かしくなったときによく通ったもので
す。もう10年も前のことですが、今でも昨日のことのように思い出します。
あの辺りはヴォルガに面してベンチが設けられ、市民がビールを飲みながらよく談笑して
いました。19世紀から続く不変の光景のようです。あのような絶景を眺めながらビールを
頂けるとは、ニジェガローツィは贅沢ですね。

2002年から2004年にかけてニジニでお仕事されたとのことですが、拙HPに貼り付けている
1996〜2000年当時のニジニとは、随分と変わったでしょうか?
小生はそれ以降、神戸から動けていませんが、今でもニジニのことが気になります。
No.551 ユダヤ人自治区の情報を探しています。 nya さん [2006/03/23(木)08:48:32]
皆さん、始めまして。

中国watcherのnyaと申します。

中国で起きた猫の虐待事件がきっかけでこちらにたどり着きました(犯罪の場所が、ロシ
ア中国国境です)。

中国側の黒龍江省蘿北県のアムール川対岸 アムールジェト?
(中国語表記  「阿穆er捷特」)の情報を探しています。

自治区の成り立ちや行き方や、雰囲気(中国国境と近い)、観光地明山島、歴史的なこ
と(特に日本が過去犯した不幸な歴史時代のこと) などなど、なんでも結構です。 

よろしくお願いします。

下記に常駐しています。


ttp://china.alaworld.com/modules.php?name=Forums&file=viewtopic&t=17348
参考: http://china.alaworld.com/modules.php?name=Forums&file=viewtopic&t=17348
No.552 ユダヤ自治州について ニジェガロージェッツ [2006/03/23(木)23:47:32]
nyaさん、はじめまして。

お尋ねの「ユダヤ自治州」ことエヴレイ自治州については、自治州の公式ホームページが
あります。ロシア語がメインですが、英語、中国語のページも用意されています。
ご参考まで。
参考: http://www.eao.ru/
No.553 Re: ユダヤ自治州について nya さん [2006/03/24(金)08:24:12]
 ニジェガロージェッツ さま:

nyaです。

早速のお返事、ありがとうございました。
HPの中国語ページを見てきました。
丁寧に説明されていました。

ユダヤ「自治州」なんですね。中国語では、自治区となっていたので失礼しました。

質問ばかりで恐縮です。

対岸の港の日本語表記は「アムールジェット」でよいのでしょうか?

この子猫虐待ビデオの件ですが、韓国のメディアも注目しています。
エヴレイ自治州の最大の貿易相手である中国黒龍江省蘿北県を舞台にした、この犯罪事件
はロシアで報道されているのでしょうか?

小さな情報でも結構ですので、ご教授いただければ幸いです

よろしくお願いいたします。
No.554 Re2: ユダヤ自治州について ツポレフ154 さん [2006/03/24(金)22:03:44]
nyaさま
こんばんは。ツポレフ154と申します。宜しくお願いします。
私のロシア語は文字を読むのがやっとですので、残念ながら本件の情報提供はできません
が、ユダヤ自治州の州都ビロビジャンと新潟市は姉妹都市です。市町村合併のため旧・豊
栄市が持っていた姉妹関係を昨年、同市が引き継いだものです。詳しくは、新潟市国際課
などのHPをご参照ください。何かこのユダヤ自治州に関する情報が得られると思います。

ニジェガロージェッツさま
こんばんは。旧聞ですが大黒屋光太夫の拙文をお読みいただきありがとうございます。

上記に関連しますが、市町村合併がありましたので、下記の姉妹都市の表記を修正して頂
けますでしょうか。

山形県余目町→庄内町(コルサコフ)
新潟県豊栄市→新潟市(ビロビジャン)
兵庫県五色町→洲本市(クロンシュタット)

です。うち新潟と洲本はHPで引継を確認しております。なお、神戸新聞WEB淡路版による
と、合併直前にロシュコフ大使が高田屋嘉兵衛記念館を訪問されたそうです。

以上、宜しくお願いします。
No.555 Re3: ユダヤ自治州について nya [2006/03/24(金)23:55:06]
ツポレフ154さま:

nyaと申します。こちらこそ宜しくお願いします。

早速の情報のご提供、ありがとうございました。
新潟市のHPで関連情報を入手できました。
ttp://www.city.niigata.niigata.jp/info/kokusai/14_birobidzan/birobidzan.htm

新潟市へもアプローチをかけてみます。

今回のことで、地域研究はその国だけを追いかけるのでは不十分だということがわかりま
した。

ロシアと中国は、熱い時期・冷たい時期の両方を経験してきました。

こちらで、いろいろご教授いただければ幸いです。
No.556 市町村合併対応しました ニジェガロージェッツ [2006/03/25(土)01:36:22]
No.554 ツポレフ154 さん
ユダヤ自治州へのフォローと、豊栄市の新潟市への合併をはじめ、五色町→洲本市、余目
町→庄内町への合併に際しての姉妹都市変更の情報ご提供、有難うございました。
新潟市と洲本市への引継ぎのご確認までして頂き、感激いたしております。

早速「日本とロシアを結ぶ兄弟都市」のページを更新致しました。
また、上記以外に石狩市、酒田市、村山市、京都市、広島市、久慈市でも合併によって人
口が増加しています。
ついでにロシア側の都市人口を2005年1月1日現在のものに更新しました。
ロシア側でもナホトカ市とヤクーツク市では周辺の町村の編入により人口が増加しており
、「お互い様」ですね。

No.553 nya さん
: 対岸の港の日本語表記は「アムールジェット」でよいのでしょうか?

ロシア語を日本語のカナで表記するのは、厳密に言えば正確には出来ませんが、
“Амурзет”
については、
拙「2002年国勢調査 行政区画別人口−極東連邦管区」ではアクセントの位置を考慮して
「アムルゼート」としました。もちろん、これを強要するつもりは毛頭ございません。要
は「分かれば良い」のであって、「アムルゼット」と書いても良いでしょう。
アムルゼート村についてロシア語で検索すると、2001年のハバロフスク発のニュースです
が、対岸の中国領との間の架橋工事についての中露両国の初会談がこの村であったようで
す。
アムルゼート村でのアムール河の川幅は700mとのことですが、あれから5年が経ちます。
このお話し、今では??
参考: http://news.khb.ru/news.php3?news=194
No.557 Re: 市町村合併対応しました nya さん [2006/03/25(土)09:44:11]
 アムルゼート村についての情報、ありがとうございました。

 架橋工事について、中国語ページを検索しました。
(サーチエンジン h ttp://www.baidu.com/)
 中国側では、「鶴岡名山黒竜江大橋プロジェクト」と呼んでいます。

 合資等の募集がまだ続いているようです。
 具体的には???のようです。
 中国東北地方は景気が悪いですから、なかなかお金が集まらないのかもしれません。

 ただ、蘿北県人民政府は、7月16日に、「ユダヤ歴史文化テーマパーク」オープン、「
国際水遊び祭り」を実施するなど、両都市間の交流を重視しています。
 実現が楽しみですね・ 
 
 人民政府ののHPです。 
 
参考: http://www.luobei.gov.cn/
No.558 2003年ころのニジニーノブゴロド Misha さん [2006/03/26(日)11:08:34]
Mishiaです。
ご質問にお答えすべくまた戻ってきました。

90年代のニジニーノブゴロド(以下N.N)は知りませんが変わったと思われることをお知ら
せします。(いずれも03,04年現在です)
まず、中心部にヨーロッパのブランド品のお店がいくつも出来ています。当時私はモスク
ワのクツゾフスキー通りに住んでおり、その通りにもブランド品のお店が並んでいました
が、N.Nにも進出したかと驚きました。それから04年に行ったときには日本料理レストラ
ンも出来ていました。かなり大きな店で味もなかなかでした。それまではルスキーレフ(
ロシアのライオン)によく行って仕事関連のパーティを開いてました。有名ですのでご存
知ですよね。03年当時撮影の写真も何枚かあります。よろしければお送りしますのでお知
らせください。

次回はN.Nのビジネス事情についてご報告します。
それでは今日はこのあたりで。
No.559 Re: 2003年ころのニジニーノブゴロド ニジェガロージェッツ [2006/03/27(月)00:38:26]
Mishaさん、2003年のニジニの情報有難うございます。

: まず、中心部にヨーロッパのブランド品のお店がいくつも出来ています。

ブランドには全く疎い小生ですが、確かに通称「パクロフカ」と呼ばれる、ボリシャヤ・
ポクロフスカヤ通りには、96年ごろには数件のお洒落なお店が並び始めていました。今で
はもっと洒落たブランド店が軒を並べていることでしょう。脳裏に光景が浮かびます。

: それから04年に行ったときには日本料理レストランも出来ていました。
: かなり大きな店で味もなかなかでした。

これはすごいですね。小生が在住当時は日本料理店など思いもよりませんでした。あの頃
は世界中どこにでもあるという中華料理屋もなく、都心から離れたところに在露朝鮮系住
民による韓国料理店のようなものが1件あると聞いたことがある程度でした。
今ロシアでは、ちょっとした和食ブームのようですね。

: 03年当時撮影の写真も何枚かあります。よろしければお送りしますのでお知らせください。

これは有難い。もし宜しければ、拙「フォトギャラリー」にMishaさんの写真のページを
追加したく思います。いかがでしょうか。

: 次回はN.Nのビジネス事情についてご報告します。

楽しみにお待ちしております。小生は観光か語学研修でのロシア滞在経験しかなく、ビジ
ネスについては全く知識がありません。是非お話しお聞かせ下さい。
No.560 ニジニーのビジネスについて Misha さん [2006/04/02(日)18:55:54]
mishaです。ニジニーノブゴロドの経済ついて全体的な感想を申し上げますと、次のよう
になります。
ニジニーノブゴロドは一大消費地のモスクワに近いという地域的優位さ、広大なボルガ川
の水路および水利用、また若手指導者キリエンコ氏のイニシアチブによる外資導入など、
産業振興が盛んです。機械産業が全産業の48%を占め、特に主な産業である自家用車/トラ
ック製造業は、全ロシアの80%にあたる年間約91万台を生産し、市内35万人が車産業に携
わっています。サンクトペテルブルグへの進出が決定したトヨタ自動車もこのニジニーも
工場候補地として、最後まで検討していたようです。大手商社などはニジニー工場建設を
前提に生産部品の物流や日本人を含む従業員の宿舎建設などをトヨタ自動車にいろいろと
提案していたようです。

それから写真も2枚お送りしたいのですがE-mailの送り先をご連絡をいただけませんでし
ょうか。添付して送りますので。
それでは
No.561 Re: ニジニーのビジネスについて ニジェガロージェッツ [2006/04/03(月)01:09:02]
mishaさん、ニジニ経済ついて情報ご提供有難うございます。

: ニジニーノブゴロドは一大消費地のモスクワに近いという地域的優位さ、広大なボルガ川
: の水路および水利用、また若手指導者キリエンコ氏のイニシアチブによる外資導入など、
: 産業振興が盛んです。

確かにニジニは今の行政区分で言えば、地理的に中央連邦管区と沿ヴォルガ連邦管区の接
点に位置し、諸運河を伴ったヴォルガ河を中心とした水運に恵まれたロケーションから、
大いに期待の持てる都市だと思っていました。2つの連邦管区の人口を合計すれば6800万
人を超え、これは全ロシア人口の半分近くに達します。

東京が日本全体を量る上では寧ろ例外的な都市であるように、モスクワもロシア全体の中
では例外的な都市だと感じます。
丁度ニジニ辺りがロシアを代表する都市ではないかと素人ながら思うのですが如何なもの
でしょうか?

: 機械産業が全産業の48%を占め、特に主な産業である自家用車/トラック製造業は、
: 全ロシアの80%にあたる年間約91万台を生産し、市内35万人が車産業に携
: わっています。

それは凄いですね。想像以上でした。
自動車産業はヴォルガ地域だけでもタタルスタンのナベレージヌイエ・チェルヌイの大ト
ラック工場とか、サマーラ州のトリヤッチにも大工場がありますが、ニジニの「ゴーリキ
ー自動車工場(ГАЗ)」はまた別格のようですね。

: サンクトペテルブルグへの進出が決定したトヨタ自動車もこのニジニーも
: 工場候補地として、最後まで検討していたようです。大手商社などはニジニー工場建設を
: 前提に生産部品の物流や日本人を含む従業員の宿舎建設などをトヨタ自動車にいろいろと
: 提案していたようです。

トヨタ自動車の進出の噂は97年当時に仄聞したことがあります。サンクト=ペテルブルク
に「取られた」のはちょっと残念でした。それにしても小生が現地に居た96〜97年当時の
ニジニ・ノヴゴロドは「世界中で日本に最も縁の薄い百万都市の一つ」のような感じがあ
りましたが、日本の商社がそこまで動いていたとは、時代も変わったものだと感じずには
いられません。

: それから写真も2枚お送りしたいのですがE-mailの送り先をご連絡をいただけませんでし
: ょうか。添付して送りますので。

有難うございます。先ほどメールをお送りさせて頂きました。ご確認頂けましたら幸いで
す。貴重なお写真、楽しみにお待ちしております。
No.562 はじめまして あおい さん [2006/04/06(木)01:05:05]
はじめまして
ロシアの芸術が好きでロシア語を独学で勉強している者です。
そして最近は、ロシアの民族や言語などに興味を持って
いたところ、こちらのサイトに出会うことが出来ました。
様々な分析とデータがわかりやすく見ることが出来て
感動いたしました。
私は一度もロシアには行った事がありませんし、
皆さんのようにロシアについて全く詳しくありません。
でも、いつか必ずロシアに行って、ロシア語を話してみたいです。
本当に、こんな書き込みでごめんなさい。
これからもロシアについて色々と勉強していきたいです。
No.563 訪露の実現を祈ります ニジェガロージェッツ [2006/04/07(金)01:43:26]
あおいさん、はじめまして。ようこそお越し下さいました。

ロシア語を独学で勉強しておられるとは、すごいですね。
小生もロシア(当時はソ連)初体験の1989年の樺太の旅の後、その魅力に取りつかれて、
帰国後ラジオやテレビのロシア語講座を視聴して独学にチャレンジしましたが、お恥ずか
しい話ですが、長続きしませんでした。
実際にロシア語を勉強したのは街のロシア語講座を受講してからのことで、週一回2時間
の教室に3年通ってからロシアへ語学研修に行きました。それでも入国当初は全くと言っ
てよいほど通じませんでした。
・・・などと書くと、ロシア語が途轍もなく難しい言語のように思われてしまいそうです
が、これは元々理系で語学を苦手としている小生そのものに難があっただけのことです。

: でも、いつか必ずロシアに行って、ロシア語を話してみたいです。

あおいさんの訪露の夢が叶えばよいですね。ロシア人には底抜けに親切で人なつっこい人
々も多いので、自信を持って独学で身に付けたロシア語でコミュニケーションを取ってい
かれたらと思います。

: 様々な分析とデータがわかりやすく見ることが出来て
: 感動いたしました。

無機質な都市人口のデータがほとんどで、あおいさんのご関心にピッタリとは言えないと
思いますが、そう言って頂けると本当に有難いです。
更なるコンテンツの充実に心掛けて運営をしていきたく存じます。これからも宜しくお願
い致します。
また自由な書き込みをお待ちしております。
No.564 お祝いが大変遅くなりました グリグリ さん [2006/04/10(月)20:09:31]
ニジェさん、ホームページ完成おめでとうございます。
落書き帳への完成宣言書き込みはしっかり読んでいたのですが、完成されたホームページ
をじっくり拝見してからお祝いをと考えていたら、すっかり遅くなってしまいました。本
当に申し訳ありません。

ホームページをじっくりとは行かないまでも拝見させていただきました。素晴らしい、の
一言です。充実した内容をきれいに整理してありますね。見ていて楽しくなります。私は
ロシアに関しては門外漢なので突っ込んだコメントはできないのですが、地図を使った人
口データなどのビジュアルは本当に高い完成度ですし、フォトギャラリーの写真は門外漢
にもロシアの現実が身近になるとても貴重なデータだと思います。とくに、サハリンの写
真や解説は刺激的です。ロシアの田舎町の風景も素敵ですね。民家の可愛い窓枠に感動し
ました。

最後にお願いです。リンクしていただきありがとうございます。ただ、リンク先としては
、「都道府県市区町村」http://glin.jp/ に変更していただけると幸いです。よろしくお
願いいたします。
参考: http://glin.jp/
No.565 ご祝辞、有難うございます! ニジェガロージェッツ [2006/04/11(火)03:16:56]
グリグリさん、貴「落書き帳」ではいつもお世話になっております。
そして、このたびは拙ホームページ完成への御祝辞ありがとうございます。
貴「都道府県市区町村」に出会って以来、そのあまりもの充実ぶりから一日に何度も閲覧
し、常々「ホームページとは、かくあるべし!」と、目標というより雲の上の憧れともい
うべき超人気サイトを運営しておられるグリグリさんより過分なお言葉を頂戴し、恐縮を
通り越してもう大変です。本当に今までの積み重ねが報われた気持ちになります。

先日の落書き帳での「完成宣言書き込み」ではお目汚し失礼致しました。
拙ホームページでは専らロシアについて扱っているだけに、同じ地理とは言え、国内の都
道府県市区町村には直接関係のない拙ホームページへの誘導書き込みは最近では謹んでお
りました。
ただ、元々の出発点が貴「落書き帳」であったことや、多くの落書き帳メンバーの皆さん
から励ましのお言葉やメッセージを頂いたことから、ロシア89連邦構成体(現在は88構成
体)の全てのページが出揃い完成した暁には、きちんとご挨拶に伺わねばと思っておりま
した。

今にして想えば、ロシアという一般にはあまり馴染みのない、それも途方もない広大な大
国をテーマに、地理や人口のデータを並べたサイトを作るのは、ちょっとした冒険という
か無謀でした。
おおよそ一般の日本人に知っているロシアの都市名を挙げてもらっても、5都市も言えれ
ば上出来と言われています。地理に詳しい人でも30都市も言えれば「ロシア通」と呼ばれ
るかも知れません。
そんな中で、全ロシア1098市の人口ランキング表を作ったり、2940を数える「市・町」の
人口データを網羅したりして、「一体、私は何をやっているのだろうか?」と、その意義
に疑問を挟みながらも今日に至ったのは、やはり「雲の上の憧れ」があったからでしょう
か。(笑)

簡素なものですが地図を多用したのは、広大なロシアの中でその州や共和国といったもの
の位置が、できるだけ分かりやすく見ていただくための小生なりの回答のつもりでした。

各種人口データ表を作る上で、一つだけグリグリさんが羨ましかった事があります。それ
は国内の市町村名の短さです。大体3文字か4文字で、長いものでも6文字でしょうか。
「山陽小野田市」とか「いちき串木野市」、「富士河口湖町」なんてのがありますね。
それに引きかえ、表のレイアウトを考えている際に「アレクサンドロフスク=サハリンス
キー市」とか、「ウスチ=オルダ・ブリヤート自治管区」のような長い名称に出くわすと
、魔物にあったような、いや〜な気分になります。

これからも知られざる隣国ロシアの魅力を伝え、もっと身近に感じていただけるようなホ
ームページを目指したく存じます。
本当は90年代にそうした様に定期的にロシアを訪問し、新鮮なロシア像を伝えていけば良
いのですが、経済的、時間的にも今の小生には叶わないのがもどかしいところです。

最後にリンクの件、早速対応致しました。一昨年の「GLin GLin」から「都道府県市区町
村」分離以来、失礼致しておりました。申し訳ございませんでした。
No.566 Mishaさん撮影の写真を公開しています ニジェガロージェッツ [2006/04/19(水)00:27:27]
No.560にて、Mishaさんよりご提供頂いた写真2枚を「2003年ニジニ・ノヴゴロドの光景
」と題して新ページを設け、公開しています。

ニジニ・ノヴゴロドの絶景として知られる「ヴェルフネヴォルシスカヤ河岸通り」にある
オクチャブリスカヤ・ホテルから眺めた雄大なヴォルガの流れと、19世紀の建物が並ぶ下
町「ロジェストヴェンスカヤ通り」の古い繁華街の光景を写した2枚です。
どちらも、ニジニの魅力を伝える貴重な写真です。
ご提供下さったMishaさんには、深く御礼申し上げます。
参考: http://www.hi-net.zaq.ne.jp/nizhniy-kobe/photogallery_nnov2003.htm
No.567 教えてください ロシアッコ さん [2006/04/19(水)10:41:53]
たぶんスヴェルドロフスク州だと思うのですが、Elizavetinskoye村とSisssersk地域とKladovka
 の読み方を教えていただきたいのです。お分かりになる方お願いします。
No.568 Re: 教えてください ニジェガロージェッツ [2006/04/20(木)00:52:27]
ロシアッコさん、はじめまして。

お尋ねの地名は19世紀中頃、帝政ロシア時代の宝石の発見に関連する地名でしょうか。
Elizavetinskoye 村と、Kladovka については、いずれもスヴェルドロフスク州に現存す
る地名で

Elizavetinskoye(英)、Елизаветинское(露)から
そのままカタカナ化すると「エリザヴェチンスコエ」ですが、より発音に忠実に書くと
[イリザヴェーチンスコエ]となりましょうか。
ニジニ・タギル市の南西約20キロの中部ウラル山脈にある村落です。

一方、Kladovka(英)、Кладовка(露)は、
同様に「クラドフカ」ですが、より発音に忠実に書けば[クラドーフカ]です。
エカテリンブルク市の南南西約70キロのチェリャビンスク州との境界付近の村落です。
ロシア語でКладовкаとは「物置」とか「納屋」の意味があります。

さて、もう一つの“Sisssersk地域”ですが、“Sissertskiy region”のことでしょうか
?
だと仮定すると、ロシア語で
Сысертский район [スィセールツキー・ラヨン]のことだと推察します。
中心都市はスィセールチ市(Сысерть)ですから、「スィセールチ地区」と訳して
も良いでしょう。
No.569 教えて下さい! 帆船祭 さん [2006/05/01(月)17:52:48]
はじめまして!
今日まで長崎で帆船祭があり、ロシア船が長崎に来ていました。
それでロシア船の「パラダ」という船がいて、とても大きくてびっくりしました!
そのロシア船「パラダ」はロシア極東漁業技術大学に所属している船だそうです。
この船や大学について何か知っていることがあれば教えてください!!
No.570 Re: 教えて下さい! ツポレフ154 さん [2006/05/01(月)21:08:50]
帆船祭様、こんばんは。はじめまして。

今、外におりまして手元に資料がありませんが、記憶している範囲でお答えいたします。

@この”パラダ”を所有している極東漁業技術大学はウラジオストクにあります。本船の
目的は船員の教育訓練です。いまの漁業では勿論帆船は使いません。ですが、帆船は特に
チームワークが要求されてシーマンシップ(”船員精神”とでもいいましょうか)の涵養
になりますし、歴史的技術の伝承になりますので帆船が航海訓練に使われるのです。”
シーマンシップ涵養”は日本の航海訓練所やチリ海軍の見解ですが、同大学も趣旨は同じ
だと思います。

ちなみに日本の航海訓練所(国土交通省所管の独立行政法人で海事関係の大学などを卒業
した民間の船員を養成するところ。本部は横浜)は”日本丸”と”海王丸”を、チリ海軍
は”エスメラルダ”を訓練用帆船として所有しております。

本稿に挙げた船は記憶が間違っていなければいずれも2000t台です。”パラダ”は1〜2
年に一回は来日しており、最近の例では横浜、横須賀、長崎に来ました。

A私は今回長崎に行っておりませんが、たしかもう一隻”ナジェジュダ”もウラジオスト
クから来たと報道等で伺っております。ちなみに奇しくも”ナジェジュダ””パラダ”の
いずれとも江戸時代に長崎に来た船と同名です。”ナジェジュダ”は1804年に、”パラダ
”は1853年に国交・通商を求めて長崎に来ました。

1853年に来た”パラダ”はペリーが浦賀(横須賀市)に来た直後の来航です。このときに
長崎で日本側代表:川路聖あきら(かわじ としあきら、あきら=ごんべんに莫)とロシ
ア代表:プチャーチンとの間で交渉が行われました。このときはまとまりませんでしたが
、1855年に”ディアナ”で再来日したプチャーチンと川路が下田(静岡県下田市)で再度
交渉し、日露の国交が成立しました。

Bロシアのイワノフ国防大臣によると、今年の秋にロシア海軍軍艦が京都府舞鶴市の海上
自衛隊舞鶴基地を訪問するそうです(東京、横須賀、佐世保、呉に来たことがあります)
。今までの例からみて一般公開される可能性が高く、楽しみです。

C極東漁業技術大学そのものについては残念ながら存じませんが、校名からみて、日本で
いえば東京海洋大学や東海大学海洋学部、もしくは各地にある大学の水産学部に相当する
と思われます。

Dなお、海上保安庁や海上自衛隊は航海訓練所とは別に船員養成機関を持っております。
海上保安庁は海上保安大学校(広島県呉市、幹部養成)や海上保安学校(京都府舞鶴市)
を、海上自衛隊は海上自衛隊幹部候補生学校(広島県江田島市、幹部養成)や横須賀など
4箇所に教育隊(一般隊員用)などを持っております。

以上、長文失礼しました。
No.571 極東漁業技術大学のホームページ ニジェガロージェッツ [2006/05/01(月)22:48:22]
No.569 帆船祭さん、はじめまして。
No.570 ツポレフ154さん、詳細フォロー有難うございます。

小生は門外漢で気の利いたレスをお返しできないのですが、極東漁業技術大学のホームペ
ージを検索しましたところ、見つけることができました。
こちらです↓
http://www.dalrybvtuz.ru/
(日本語のページは無いようですが、英語のページがあります)

帆船パラダ“Паллада”の画像も検索しました。以下の2点が大きな画像です。

(ペトロパヴロフスク=カムチャツキー港にて?)
http://photo.kamforum.ru/data/media/8/SV300289.jpg

(ウラジオストク港にて)
http://personal.primorye.ru/cube/abvl2.htm

以上、ご参考までに。
No.573 Re: 市町村合併・・・・ ニジェガロージェッツ [2006/05/19(金)02:15:58]
THEある日さん、はじめまして。以下レスが長くなり恐縮です。

:  このごろ、日本でブームの市町村合併が、サハリンでもなのでしょうか。

サハリンに於いてソ連解体後に市町村合併が行われたのは、1995年に州都ユジノ=サハリ
ンスク市(豊原)の市域拡大がありました。従来アニワ地区に属していたルゴヴォエ町(
豊北村草野)、ノヴォアレクサンドロフスク町(豊北村小沼)がユジノ=サハリンスク市
に編入されています。
1994年の同市人口158,141人に対し、翌95年人口が177,365人に激増しているのはこの2町
の編入によるものです。
日本の市町村制度と違って分かりにくいのですが、ユジノ=サハリンスク市には市域の外
にも行政区域が広がっており、この2町編入と同時と思われますが、従来アニワ地区に属
していたベレズニャキ村(豊北村富岡)、スタロルースコエ村(豊北村深雪)など旧・豊
北村全域がユジノ=サハリンスク市行政区域に移管されています。
なお、シネゴルスク村(川上村川上炭山)および旧川上線沿線のクリュチ(豊北村本川上
)は従来よりユジノ=サハリンスク市行政区域に属し、一方で戦前の豊原市域に属してい
たトロイツコエ村(豊原市並川)、ウスペンスコエ村(豊原市中沢)など、鈴谷川以西の
大部分は現在はユジノ=サハリンスク市域ではなく、またその行政区域にも属しておらず
、アニワ地区(中心都市アニワ市・旧留多加町)の管内です。

小生の知る限り、ソ連解体後のサハリン州に於いて目立った市町村合併が行われたのは、
この1件のみです。市街地の拡大により、郊外のある小さな区画が母都市に吸収されるよ
うな例はあったかも知れません。

2004年にサハリン州の従来の48都市(18市30町)は、一気に20都市(15市5町)にまで激
減していますが、これは都市(市および町)の村への格下げによるもので、合併によるも
のではありません。

:  そうだと、州都は区政になってないのでしょうか。

区政とは、日本の政令指定都市が設けている行政区のようなものを念頭におかれてのこと
でしょうか?
確かにロシアの大都市には、例えばウラジオストク市レーニン区や、ハバロフスク市中央
区などのような区を設けている都市がありますが、概ね人口30万人以上の都市です。イン
グーシ共和国ナズラニ市のように、人口12万程度の都市でも区を設けている例外はありま
すが、人口17万人余りの州都ユジノ=サハリンスク市にはこのような行政区を設けていま
せん。

:  合併で一つの市町村が広くなるとどこが中心部か分かりにくくなるのは日本でもです。

日本の市町村合併に見られるような、同規模の町村の合併によって出来た新市町の中心集
落はいったいどこなのかというような例は、ロシアではあまりありえないと思います。ロ
シアの全ての都市を調べて訳ではありませんので、断言は控えますが、実例を挙げるとし
ても思い浮かびません。
参考: http://www.hi-net.zaq.ne.jp/nizhniy-kobe/subekt.sakhalin.htm
No.574 管理人からのお知らせ ニジェガロージェッツ [2006/06/30(金)23:36:59]
ご無沙汰しております。
No.548の「ホームページ完成宣言」以来更新のペースが落ちています。そのうちに怒涛の
更新を行おうと計画しておりましたが、急遽8月ごろを目処にネット接続環境の整わない
住宅へ転居することとなってしまいました。

現在の「ニジェガローツキー・ドヴォール」はZAQ(関西ローカルのケーブルインター
ネット)を使用しておりますが、転居先で同様のサービスが受けられるか否かは今のとこ
ろ問合せ中です。
転居時期によっては一時拙HPが閲覧出来ないこともあり得ますが、たとえプロバイダー
とHPアドレスが変わっても「ニジェガローツキー・ドヴォール」の運営は続けて行きた
く希望しております。

相互リンクを張ってくださっている皆様には、一時的にご迷惑をお掛けすることになるか
も知れませんが、もしアドレスが変更になればリンク先の変更をお願いに上がります。そ
の時にはどうぞ宜しくお取り図りの程、お願い致します。

7月以降は引越し作業に追われて、メールへのお返事や、掲示板「ヤールマルカ」へのフ
ォローなどが遅れ気味になると思われますが、どうぞお許し下さい。
No.577 編入合併であっても分かりにくい THEある日 さん [2006/07/07(金)21:49:34]
:  このごろ、日本でブームの市町村合併が、サハリンでもなのでしょうか。

:  合併で一つの市町村が広くなるとどこが中心部か分かりにくくなるのは日本でもです。

 そうで、宮津のすぐそこの兵庫県但東町が「豊岡市」に合併されて、かなり広くなった
のです。

: 日本の市町村合併に見られるような、同規模の町村の合併によって出来た新市町の中心集落は
いったいどこなのかというような例は、ロシアではあまりありえないと思います。

 同規模の町村の合併ではなくて兵庫県北部の中心の豊岡市に編入合併されたので、中心
がどこか分かりやすそうだが、〔いずし}出石や城崎といった観光地までも豊岡市になっ
たので、分かりにくくなったのです。
 こうなれば、宮津線に「但東口駅」でもあれば、そことバスがあれば、分かりやすくな
りそうですね。
No.578 新聞記事 ツポレフ154 さん [2006/07/07(金)21:52:36]
こんばんは。

ニジェガロージェッツさま

お久しぶりです。産経新聞にニジニ・ノブゴロドの記事が載っておりますので、よろしけ
ればWEBでごらんください。「大ロシア紀行」の連載記事です。
参考: http://www.sankei.co.jp/databox/kok/russia/russia060619.htm
No.579 ウラジオストック daikubo335 さん [2006/07/13(木)21:43:30]
はじめまして。私は来月ウラジオストック周辺を旅行することを考えています。8月19日
にウラジオストックでルチ・エネルギア対スパルタクモスクワとの試合があって、その試
合を見る予定なのですが、キックオフの時間が何時なのか分かりません。もしよろしけれ
ば教えて下さい。また、ウラジオストックとナホトカを結ぶ交通手段について教えて下さ
い。よろしくお願いします。それと、ナホトカでも18日にオケアン・ナホトカとイルティ
ッシュ194というチームとの試合があるのですが、こちらのキックオフの時間帯について
も教えて頂きたいのでよろしくお願いします。
 それと、ウラジオストックの一番大きな教会についても教えて頂きたいのでよろしくお
願いします。また、ウラジオやナホトカでサッカーのユニやグッズについておいてあるお
店についても教えて頂きたいのでよろしくお願いします。
No.580 天然 ガス と 「日本沈没」 господин Ондрей Заков [2006/07/14(金)15:06:54]
御無沙汰しております。本日の茨城は結構な猛暑ですが、神戸の
様子はいかがでしょうか。

さて、明日からサンクト・ペテルブルクにて、主要国首脳会議が
開催されるタイミングをも意識してか、サハリンでの天然ガスの
獲得競争が激化している旨、昨夜の経済ニュースにて紹介されて
いました。

地理的な条件をも好感してか、東北電力の社員が現地の管轄元を
訪ねる場面も映っており、ちょっとした特需に沸いている印象を
受けました。しかし一方、燃料事情が逼迫気味だったサハリンへ
燃料輸送の途上にあったタンカー「ナホトカ」の座礁事故により、
流失原油が日本海で広範に拡散し、多くのボランティアが海岸の
清掃に動員されてから、まだ十年経ってないんですよね。う〜ん、
つい最近の事とは言え、隔世の観と申しますか………

明日はサミット開幕と同時に、リメイク劇場作品「日本沈没」が
公開されます。TVシリーズで見た衝撃的内容は、ベトナム戦争
末期という時世も相まって、子供心にも強烈な印象がありますが、
阪神・淡路大震災にて被災された方々にとっては、万感の思いも
一入でしょうね。件のTVシリーズが深夜に再放送された福岡で、
早々に放映が打ち切られたのは、1995年 1月の事でした。
No.581 ニジニ・ノヴゴロドの凋落? ニジェガロージェッツ [2006/07/25(火)00:35:18]
ご無沙汰しております。
天候不順につき、捗らない自宅の引越し作業に追われる中、体調を崩し、ここ数日は床に
伏しておりました。いろいろと面白い記事を頂戴していながら、管理人としてフォロー出
来ずで申し訳なく思っております。

No.578 ツポレフ154 さん
: お久しぶりです。産経新聞にニジニ・ノブゴロドの記事が載っておりますので、よろしけ
: ればWEBでごらんください。「大ロシア紀行」の連載記事です。

情報有難うございます。実は小生の購読新聞は産経ですが、ここ数日はバタバタしていて
落ち着いて見る間もなく、うっかり見逃していました。
教えて頂いたWEB記事を拝読すると、ニジニの「代名詞」と言っても良いGAZ(ゴーリキ
ー自動車工場)社の「ヴォルガ」生産打ち切りと言う、大変ショックな内容でした。
小生のような「偽ニジェガロージェッツ」でさえ寂しく思うぐらいですから、地元ニジェ
ガローツィの嘆きは如何程かと・・・いや、ニジェガローツィに限らずロシア国民にも一
抹の寂しさを感じたことでしょう。
小生がニジニに滞在した96年当時、市民が言っていたのは「ニジニの空気が随分ときれい
になった」とのことでした。理由は簡単で、重工業都市として工場群がフル稼働していた
ソ連時代に比べ、ソ連解体後の構造変化と不況により工場の稼働率が落ちたからだとのこ
とでした。
それから更に10年が経ち、状況は更に深刻化したと伺え、本当に残念です。

ただ、記事には「1989年に143万人だったニジニノブゴロドの人口はその後、GAZ社の
斜陽化と符節を合わせるように1割も減少し、地域の人口扶養力の衰えは明らかだ。」と
ありますが、これは産業の斜陽化が原因というよりは、少ない出生数に対してその倍ほど
の死亡数を数える人口の自然減が主な原因だと思います。
No.582 Re: ウラジオストック ニジェガロージェッツ [2006/07/25(火)01:22:24]
No.579 daikubo335 さん

はじめまして。レスが遅くなり、申し訳ございません。
サッカーの時間その他については、ロシぴろさんの掲示板にて、親切な回答が寄せられて
いましたね。ここでは交通手段について少しフォローさせていただきます。

ウラジオストク―ナホトカ間には、近郊列車が通じていますが時刻表を見ると便数も少な
く、一般にはバスのほうが頻繁に出ているようです。
バス時刻表にある206号“В−Находка”が1日20便以上出ています。
http://www.mir1.ru/rasavtob.htm
但し、実際にはダイヤの変更があることも考慮して、旅行社などで事前にご確認されると
良いでしょう。 
No.583 Re: 天然 ガス と 「日本沈没」 ニジェガロージェッツ [2006/07/25(火)01:51:06]
No.580 Ондрей Заков さん
お久ぶりです。いつも面白い話題有難うございます。
No.581にて述べた個人的理由によりレスが遅くなり、恐縮しております。

: 神戸の様子はいかがでしょうか。

確かに、あの日(7/14)はこちらでも猛暑でした。しかし、翌日以降はぐずついた天候続
きです。ただ、全国的に猛威を振るっている「豪雨前線」の影響は、こちら神戸では大し
たことはありません。

: さて、明日からサンクト・ペテルブルクにて、主要国首脳会議が
: 開催されるタイミングをも意識してか、サハリンでの天然ガスの
: 獲得競争が激化している旨、昨夜の経済ニュースにて紹介されて
: いました。

サハリンの天然ガス獲得競争については、よく報道されていますね。日米だけではなく、
ここにも中国がでしゃばっているようです。

: 地理的な条件をも好感してか、東北電力の社員が現地の管轄元を
: 訪ねる場面も映っており、ちょっとした特需に沸いている印象を
: 受けました。

樺太南部、亜庭湾岸の女麗浜(プリゴロドノエ)一帯は世界最大級のLNGプラントが建
設され、広大な石油搬出基地と化しています。
拙フォトギャラリーにも掲載していますが、89年に現地を訪れて時はまったく何もない浜
辺で、それこそ写真で見た日露戦争末期に同地に日本軍が上陸したときの光景とは全く変
わっていない景色が広がっていました。
今ではこうなっています。
http://www.sankei.co.jp/databox/kok/russia/russia060529.htm

: 明日はサミット開幕と同時に、リメイク劇場作品「日本沈没」が
: 公開されます。TVシリーズで見た衝撃的内容は、ベトナム戦争
: 末期という時世も相まって、子供心にも強烈な印象がありますが、
: 阪神・淡路大震災にて被災された方々にとっては、万感の思いも
: 一入でしょうね。件のTVシリーズが深夜に再放送された福岡で、
: 早々に放映が打ち切られたのは、1995年 1月の事でした。

確か73年に「日本沈没」があって、翌74年には「ノストラダムスの大予言」がありました
か。2年続きで恐ろしい映画を見た小生などは当時叫ばれていた「ソ連の脅威」と合わせ
て、日本に21世紀は来ないとさえ思っていた阿呆です。
福岡でTV版の日本沈没の再放送が阪神淡路大震災で打ち切りになったのは初めて知りま
した。実際に起こった災害と文学作品を元にしたテレビ番組はあくまでも別物ですから、
過剰反応のような気もします。 
No.584 不幸な出来事 господин Ондрей Заков [2006/08/19(土)09:59:53]
> 世界最大級のLNGプラントが建設され、広大な石油搬出
> 基地と化しています。

サハリンも、随分と変化したものですね。件の「ナホトカ号」が
事故を起こした背景状況の如きが、一掃されるとよろしいですね。

さて、先日発生した漁船拿捕事件については、詳細な事実関係が
不明ながら、犠牲者が出てしまったのは、何とも残念な事でした。
地図を見ると現場は、根室からほんの少し沖合という感覚ですね。

他国の実効支配下にある国後島を、道東に突きつけられた匕首に
喩える向きがかつてあった様ですが、かかる鬩ぎ合いを伴う海に、
生活の糧を求めざるを得ない、地元漁民の御苦労たるや、推して
知るべしという処でしょう。同時に領土問題の非情さ、難しさを、
改めて思い知らされた一件でした。

亡くなられた方の御冥福、並びに他の乗組員の早期解放を、祈念
申し上げるばかりです。
No.585 不幸な出来事が重なる ニジェガロージェッツ [2006/08/21(月)01:53:25]
Ондрей Заков さん
: さて、先日発生した漁船拿捕事件については、詳細な事実関係が
: 不明ながら、犠牲者が出てしまったのは、何とも残念な事でした。
: 地図を見ると現場は、根室からほんの少し沖合という感覚ですね。

根室の納沙布岬から僅か2キロほどの所で発生した事件のようですね。
このニュースを知った時は本当にショックで、言葉を失いました。
根室と言えば冷戦時代は「ソ連人入域禁止地域」のようでしたが、今ではロシア人が闊歩
しているほどの街になっていると聞きます。稚内と並び正に日露交流最前線の街ですが、
そのような時代の移り変わりにも関らず国境の現実と、丸腰の漁民を銃撃するロシア側の
国境警備隊の程度の低さには絶句です。

そして、この事件と同じ8月17日の深夜、神戸で22歳の若いロシア人女性ダンサーが酔っ
払いに刺し殺される事件がありました。
勿論、係争国境で起きた国境警備隊による意図的な銃撃と、夜の酔客による殺人とは同列
に扱えないと思いますが、日本では連日報道される根室の事件の一方で、神戸の事件は余
りニュースになっていません。
しかし、無念の死を遂げられた痛みに変わりはありません。

ロシアでは、ほぼ同時期に新潟で発生したロシア人惨殺死体発見も加えて、どちらも報道
されているようです。

諸事件の犠牲になられた皆様には心より御冥福をお祈り致します。

#これ以上は本当に辛いので、この件はこれぐらいでご勘弁ください。 
No.586 ロシアサッカー観戦記 daikubo335 さん [2006/08/26(土)02:20:11]
こんばんは。先日ロシアの極東地方にサッカー
観戦に行って参りました。ナホトカではオケア
ン・ナホトカ対イルティッシュ194の試合を観
戦し、ウラジオストックではルチ・エネルギア
対スパルタク・モスクワの試合を観戦してきま
した。このゲームではW杯3位決定戦で笛をふい
た上川氏が主審をつとめていました。ブログに
スタジアムの雰囲気等について画像を含めた記
事を載せたので、もしよろしければお立ち寄り
下さい。よろしくお願いします。
 
http://blogs.yahoo.co.jp/daikubo335
参考: http://blogs.yahoo.co.jp/daikubo335
No.587 Re: ロシアサッカー観戦記 ニジェガロージェッツ [2006/08/27(日)02:39:54]
daikubo335 さん、ウラジオストク&ナホトカ旅行お疲れ様でした。現地では日本にあま
り伝わっていないロシアリーグの試合を生でご観戦のようで、貴重なご体験でしたね。
そして、ご帰国早々の観戦記UP、興味深く拝見させて頂きました。
写真を見るとナホトカのスタジアムは山沿いに、ウラジオストクは海沿いに位置している
ようですが、どちらも綺麗に整備されていて、現地ではサッカーが大事にされている印象
を受けました。またウラジオストクでは満員のスタジアムに市民の熱気が伝わって来ます
。
ご報告ありがとうございました。 
No.588 ホームページ移転と掲示板について ニジェガロージェッツ [2006/08/31(木)22:31:42]
こんばんは、管理人のニジェガロージェッツです。
6月末にNo.574にて、転居に伴うホームページ移転の可能性についてお知らせしておりま
したが、案の定、転居先では従来のケーブルインターネットZAQの接続サービスが受け
られず、結局、プロバイダーを替えて独自ドメインを取得しました。
既に登録先のYahoo!さん、dmozさんをはじめ、相互リンク頂いている各サイトのオーナー
さんへは連絡をとり、新ドメインへのリンク先変更をお願いいたしております。
旧アドレスのトップページには、自動で新アドレスにジャンプするように設定しておりま
すから、お気付きの皆様もいらっしゃることと思います。
但し、自動ジャンプのサービスが受けられるのは9月末ぐらいまでだそうです。また、ト
ップページ以外の各ページへリンクして頂いている各サイトからは、今のところ旧アドレ
スのまま閲覧出来るようですが、同様に9月末以降はリンク切れとなります。

そして、この掲示板「自由広場ヤールマルカ」についてもZAQの無料掲示板サービスを
利用して設置しているため、今のところ閲覧・投稿が出来ますが、近いうちに閉鎖となり
ます。
早急に新たに掲示板を設置しなければならないのですが、今のところ思案中で、取り敢え
ず良いところが見つかるまではZAQの掲示板を利用出来る限りは利用しようと思ってい
ます。
しかし、突然閉鎖となり、皆様から頂いた貴重な記事が閲覧出来なくなるのはあまりにも
勿体無いので、全稿を過去ログ7に移しておきます。

何かいい加減な管理人で申し訳ないのですが、今後とも宜しく御願い申し上げます。
参考: http://dvor.jp/
No.589 全都市人口ランキング表の作成 ニジェガロージェッツ [2006/09/29(金)21:23:37]
ずっと前からやりたかったのですが、ようやく2005年ロシア全都市人口ランキング表の製
作に取り掛かりました。合わせて2002年国勢調査ベースのランキング表も作っています。

まず連邦構成体ごとのランキング表を作りそれぞれの都市・地区人口データのページに貼
り付け、次に連邦管区別に合算したもので新ページを作成し、最終的にはロシア全土のラ
ンキング表を完成させるつもりです。

既に極東、シベリア、ウラル、沿ヴォルガ各連邦管区のランキング表が完成しUPしてお
ります。これら4連邦管区の合計都市数が2002年で1600都市、2005年で1343都市を数えま
す。ロシア全土でそれぞれ2940都市、2560都市ですから、ちょうど半分完成したことにな
ります。

まだまだ先は長いですが、全都市人口ランキング表の完成を10月半ばぐらいまでにUP出
来ればと思っております。完成まで今しばらくお待ちください。
・・・・って、誰も待ってないか(笑)
参考: http://dvor.jp/privolzhe_citytown-rank2005.htm
No.590 トップページをリニューアルしました ニジェガロージェッツ [2006/10/19(木)23:58:11]
先週、ようやく2002年と2005年の全都市(市+町)の人口ランキング表が完成し、UPしま
した。
全体の都市数が2005年1月時点で大幅に減少(2940→2560都市)しているのは、特に2004
年に都市の村への格下げや、隣接の母都市へ吸収されたことによるものです。格下げや吸
収合併の詳細は各連邦構成体の地理概況のページをご参照ください。

今後の更新予定は、既にロシア統計局から公表されている2006年1月1日現在の連邦構成体
の人口をUPしたり、市一覧のページを一般データと人口データのページに分割することな
どを考えております。

それに先立ち、ほぼ2年ぶりにトップページを全面的にリニューアルしました。より多く
のページに直接入れるように改良し、サイトの全容がわかりやすいものとしました。
サイトの中身につきましては従来のままですが、データなどを順次新しいものに更新して
いきますので、これからもご愛顧のほど宜しくお願い致します。
参考: http://dvor.jp/
No.591 オビ湾 らるふ さん  [2006/10/29(日)10:17:59]
トップページをリニューアルされたのですね。すっきりした印象で、かつ各ページに動き
やすくなったように思います。

そうそう、大昔から思っていたのですが、オビ湾。あの長〜い湾、いったいどこまでがオ
ビ川でどこからがオビ湾なのか?・・・。どうやって区別しているのでしょうね。
で、人口の増減を見て驚きました。オビ湾の周辺とオビ川の下流域の地域で人口が増加し
ているとは。おそらく、厳しい住環境だと思うので意外でした。

また、どこかでお会いしたいものです。もちろん、話題は華盛でしょう(笑)。
No.592 Re: オビ湾 ニジェガロージェッツ [2006/10/29(日)22:48:54]
らるふさん、お久しぶりです。
オビ湾とオビ河についての不思議、小生は日頃よく見る小縮尺の地図帳のとおりに理解し
ていました。

: そうそう、大昔から思っていたのですが、オビ湾。あの長〜い湾、いったいどこまでがオ
: ビ川でどこからがオビ湾なのか?・・・。どうやって区別しているのでしょうね。

オビ河の河口にサレマル Салемал という港があるのですが、
大体の地図はここまでは青い線の河川記号で描かれ、それより下流はカラ海よオビ湾と同
じ水色の水面で表記されています。
恥ずかしながらそれを鵜呑みにしていたのですが、らるふさんの疑問に接し、きちんと調
べてみると、実はそうではありませんでした。

ヤマル半島の東に、恐ろしく南北に長いオビ湾があり、その南端はヤマル半島の基部に突
き刺さるように西に延びています。その西端にサレマル村が位置しているのですが、その
沖合いにいくつかの大きな“川中島”があります。その島々の北にヤマル半島とを隔てる
水路があり、島々の南側はオビ湾の西端部・・・のように見えるのですが、ロシアの詳し
い地図を見ると、そのどちらもがオビ河の一部のように描かれています。
北側の水路は“ハマレニスカヤ・オビ”と言い、南側の一見オビ湾の一部に見える広大な
水面は“ナドィムスカヤ・オビ”と呼ばれ、オビ河の最下流を形成する河川でした。
更に東へ行くと、オビとは別の河川であるナドィム川がオビ湾に注ぐ地点がありますが、
この付近まで一群の「川中島諸島」は続き、水面に“ナドィムスカヤ・オビ”と書かれて
いますから、このナドィム川との合流点付近(よりやや上流)あたりがオビ河とオビ湾の
境界のようです。縮尺250万分の1の地図を見ると、東経でいうと71度20分あたりまでの水
面が河川と同じ濃い空色で書かれ、これを境に海洋と同じ薄い水色で表記されていました
。

: で、人口の増減を見て驚きました。オビ湾の周辺とオビ川の下流域の地域で人口が増加し
: ているとは。おそらく、厳しい住環境だと思うので意外でした。

ロシア全体が人口減少に向かう中、オビ下流域にあたるハンティ=マンシ自治管区および
ヤマロ=ネネツ自治管区は人口急増地帯です。
これは、この地域がガス油田地帯であり、石油ガスの採掘と加工を産業とする諸都市広く
分布し、それぞれ発展を続けているようです。
今のロシアはこのようなエネルギー産業に支えられ経済が急成長しています。近年ではロ
シアの強気の外交が目に付きますが、やはり持つものを持っている国の底力を感じます。
地域的にはこれらのオビ河中下流域のニジネヴァルトフスク、ネフチェユガンスクなどの
石油都市、ノーヴイ・ウレンゴイなどのガス田都市および、これらの諸都市へのアクセス
の拠点となるノヴォシビルスクやチュメニは好景気と聞きます。

: また、どこかでお会いしたいものです。もちろん、話題は華盛でしょう(笑)。

こちらこそ、楽しみにしております。
グリグリさんの「落書き帳」のオフ会が去年は神戸、今年は金沢と、2年続きで「西」で
の開催となり、来年は「東」が濃厚ですから、また「西」は西で集まりたいですね。
参考: http://www.eatlas.ru/scripts/ymap.dll/actmap.gif?name=
1162124975620&act=SET&rnd=1162126722200&nonav=0&flag=2&zoomlev=6
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